第20話 妖刀って言う名のチート武器
十二月のある日の朝。
外を見れば、一面が銀世界に包まれていた。
「……初雪」
初雪――それは、妖魔樹の果実を収穫できる日だ。同時に、俺とお母さんが子供のようにめちゃくちゃはしゃぐ日でもある。
今はこんな風に布団のなかでぬくぬくと時間を過ごしているが、蓋を開けてみれば、早く行って収穫したいという想いでいっぱいだ。
「着替えよ」
俺は布団から起き上がって、収穫をするための準備を始める。
白菜が居なくなってからは、俺と師匠とお母さんの三人で山神様の山まで行っていた。
巫女でも退魔士でもない優菜さんが行くには、とてもキツい場所だったからだ。
――だが、今年は違う。
もちろん優菜さんはお留守番だが、今年からはみこも一緒に行くことになったのだ。
「寝癖は……あとででいいや。師匠起こして来よ」
師匠が起きなければ、収穫に向かうことはできない。お母さんは勝手に起きるから問題ないが、毎日のように寝坊をしている師匠が定時に起きられるとは考えられないのだ。なので俺は、みこと共に師匠の部屋を目指して足を動かした。
「ししょー! おっきろォーッ!!」
「グハァッ!?」
◆
そんなわけでやって来た収穫……じゃなかった。名目は妖魔樹の浄化ね。
いつものように、激しい吹雪のなかをくぐり抜けて来た訳なのだが――
「なんか数が少なくない?」
「そうね」
妖魔樹を守るために集まって来た妖怪が、例年の半分にも満たない数しか居なかった。……毎年俺とお母さんに蹂躙にされるから諦めたのだろうか?
……いや、ないな。相手は二十年以上も同じことを繰り返しているような妖怪だ。そんな妖怪たちが諦めるなんてことをするだろうか――断じて否である。
「何か別の要因があるのかもしれないな」
「うん……」
でもま、とりあえずは――――
「収穫だァーーーッ!!」
「おぉォーーーッ!!」
おおよそ二十ぐらいの妖怪が集まる区域に俺とお母さんが侵入する。お母さん程ではないが、俺の妖力は普通の妖怪よりも多いらしい。
妖力は、その妖怪の知名度と与えられる恐怖感によって決まる。原理は謎だが、人間を怖がらせれば妖力が多くなるとのこと。
妖力が多ければ多いほど、強い妖怪になるが、あまりやりすぎると巫女や退魔士に浄化される原因になる。一時的にネット上で流行る妖怪は、その類のものだ。
なので日本古来より恐ろしい妖怪として強く語り継がれている雪女――お母さんは、非常に多くの妖力を持っているのだ。
その一方で、俺――雪娘は知名度こそあるが、伝承ではサンタさんの孫娘。雪女と比べても名前が可愛いし、雪娘と聞いて恐怖感なんて抱いている奴はそこまで多くない。
そのせいで、妖力もそこそこある程度で収まっている。
本来ならば、下級妖怪にやや手こずる程度の力しかないが、そこは転生特典だ。前世の人間としての知識やイメージ力を活かして、力を最大限に発揮することで力の差を作っている。
「また腕をあげたのね」
「グータラしているお母さんと違って、日々修行しているので」
「うぐっ」
ぐうの音もでないようだった。
まあ、事実だし。
普段からグータラしているお母さんが悪い。
「ハハッ、娘に一本取られてやがる――グホッ!?」
お母さんにちょっかいを出した師匠がお母さんに腹パンをされて、その場に崩れ落ちた。
――とりあえず師匠が復活する前に全部収穫していくか。
俺とお母さんがるんるん気分で妖魔樹から実を収穫すると、みこは手に持っていた刀で妖魔樹を一閃。妖魔樹は、切り崩れると同時に浄化され、消えていった。
「えっ、なにその刀……」
どう考えても、斬られたら即死だとか昇天だとか、そういうパターンの武器だよな?
――こっわ! ちょっと近づかないようにしよっ。
「妖刀ムラサメか。……あのクソババアめ。俺のときは触れもさせてくれなかったくせに」
それは実孫の特権だろ。誰しも身内をひいきしたくなるものだ。
現に師匠だって白菜のことをえこひいきしていたじゃないか。他人のことは言えないぞ。
――それにしても妖刀ムラサメか……アレって現実に存在しない架空上の刀だったと思ったんだがな。
「ところがどっこい退魔統括協会が『妖刀って言ってるし、なんか格好良くね?』というイントネーションだけで作り上げることに成功したんだ」
えぇっー……。
今どき「ところがどっこい」なんて言わないだろ。何時代の人間なんだ?
あと、イントネーションだけでそんなスゴい刀が作れるなら、その技術力をもっと違う面で役立たせろよ。
その辺に困っている人たくさんいるだろ。
「さっ、お昼になる前に帰るぞ」
俺たちは山を降りて双葉神社へと帰って行ったのだった――――。
◆
それから一週間後。
冬も本格的に始まりだしたのか、大粒の雪が大雨のように降るようになった。
みこも何も言わずに木刀を振るっているから、あまり気にしていなかったが、妖魔樹を浄化したあの日からずっと雪だ。太陽も六日ぐらい見ていない。
「今年は凄い吹雪ねぇー」
「そうだねー」
俺とお母さんは、一週間前に録画したアニメ――『妖魔乙女だっきちゃん』を見ながら、リンゴのように食べやすいサイズにカットされた妖魔樹の実を口に運ぶ。
妖魔樹うまうま。
果実うまぁーッ!!
「!?」
果実を頬張っていたら、前話でだっきちゃんに告白してフラれた大天狗がだっきちゃんを庇って爆発に捲き込まれた。
俺は思わず目を見開き、果実を飲み込んだ。
――大天狗の爆発回ってここだったか。俺としたことが、すっかり忘れてたな。
「ううっ、寒い寒い。こたつこたつ……」
だっきちゃんの衝撃展開に驚いていると、みこが寒さで身体を震わせながら炬燵の中に入ってくる。
すると、同じように炬燵でぬくぬくしていた優菜さんが急須でお茶を淹れ、みこに渡した。
「本当に冷えるわねぇ」
「妖魔樹はきちんと浄化出来たし、早めに行って良かったな」
もし俺が居なかったら、師匠は妖魔樹の浄化を後回しにしていただろう。そしたらこんな吹雪のなか、車を走らせて浄化に向かわなければならなかったのだ。フッ、この俺に感謝するがいい。
「せっかちな女が二人も居たお陰で助かったな」
「せっかちな女で悪かったわね」
俺とお母さんが師匠に冷やかな視線を送る。
妖魔樹の実に夢中になってるから聴こえてないだろうと思ったら大間違いだ。ちゃんと全部聴こえている。
「ごちそうさまでした」
俺はテレビを消して食器を台所に置くと、玄関まで行って靴を履いた。
この時期にしかできない楽しみというのもあるのだ。
「いってきまーす!」
「待ちなさい! お母さんも行くから!」
お母さんの過保護っぷりは、余程のトラウマだったのか、何週間経っても変わらないままである。
「はーい……」
◆
そんなわけでやって来たのは、神社の敷地内にある駐車場だ。
バイクと車は車庫に移してあるので、ここには何もない。吹雪が顔に当たることを除けば、雪遊びには持ってこいな環境である。
「お母さん早く滑ろッ!」
「はいはい。由紀、これに乗りなさい」
少し大きめの二人ぐらい乗れそうなスノーボードをお母さんが氷で作り出す。俺は、お母さんの指示通り、スノーボードに足を乗せた。
お母さんは俺のことをガッチリと抱きしめると、妖術で氷を操ってスノーボードを動かした。
「えいっ」
俺はスノーボードに氷でできた薄い膜のようなモノを張り、吹雪が身体に付かないようにする。
バイクとは違って静かで、吹雪の中を進むのはとても心地よい。これは普段のバイクでは絶対に楽しめない遊びだ。
「だいぶ暗いけど……由紀、見えてる?」
「五十メートルぐらいなら見えるようになったよ」
「そう。早く大人になれると良いわね」
「うん!」
妖怪は、大人になると夜目が効くようになる。これは妖怪なら誰でも共通するものだ。
まだ成長途中の俺は、深夜に街灯のない場所を車で運転しているような状態だ。
「!」
お母さんが突然スノーボードを止めた。何事かと思ったのだが、その正体はすぐに気付いた。
遠すぎて目には見えないのだが、多大な量の妖気が漂っているのを感じた。
「……ごめんね、由紀。今日は帰りましょう」
「うん」
俺も素直に頷いた。
――なぜならその妖気は、山神様の山から漂っていたからだ。
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