第19話 同い年に幼いとは言われたくない!




 学校に行ったら、二つ上の少女に、小さい女の子扱いされた。

 何よりも解せないのは、それに乗じて、みこが俺のことを幼い女の子扱いしてくることだ。

 ――別に背が小さいと呼ばれるのは構わない。

 だが、幼いと呼ばれるのは別だ。

 これでも中身は前世+今世で三十歳を超えている。変な所でくだらないプライドを持っている俺が、幼児呼ばわりされて何とも思わないわけがない。



「…………」

「…………!」



 俺が頬っぺたを膨らませると、みこは俺の頬に手を添えて力を加える。すると、ブゥーと息が漏れる。



「…………」

「…………!」



 俺は、再び頬っぺたを膨らませる。それに反応するかのごとく、みこは俺の頬に手を添えて力を加える。同じように、ブゥーと息が漏れる。

 ぷいっと視線をズラしてやると、みこは俺の頭を撫でながら謝ってきた。



「ごめんって! ちょっと潰したくなっちゃっただけだから!」

「みこちゃん、早く元の場所に戻してきなさい」



 俺は百貨店に陳列している子供の玩具か。



「えー……授業始まっちゃうよ?」

「いいから戻してきなさい」

「ちぇー。ゆきちゃん、帰るよ」



 俺は、みこに手を引かれて外に出た。

 扉が閉まって誰もいないことを確認すると、妖気を操って普通の人間には、姿を見えなくする。

 帰ってもすることがないし、また一人で行動するとお母さんがうるさいだろう。

 それなら、小屋にあったベッドで授業を眺めている方が謎の優越感に浸れるから、小屋に居た方が楽しいだろう。



「これで見えなくなったの?」

「うん。これなら大丈夫だよ。だから、一人で喋ってると変に思われるよ」

「そっか。他の人には見えないんだもんね」



 俺が黙って頷くと、みこは理解したようで、再び校舎へと舞い戻った。

 扉を入るときは妖怪らしく、壁をすり抜ける。着物すらもそのまま透過できるのは、俺の熟練度が上がったからだ。

 以前なら、すり抜けた瞬間には素っ裸だっただろう。



「もう帰ってきたの? その辺に放置してない?」

「だいじょーぶだって。ちゃんとお母さんが迎えに来てくれたし」

「それならいいけど……」



 みこが平然を装って、俺を無事に送り届けたという嘘をついた。

 ――あぁー、うん。お母さん、ね……

 


「……なんでいるの?」

「ウチの愛娘がまた川に落ちないか、心配で心配で、つい……ね?」



 俺は、お母さんの妖気を感じ取ったので、小屋にあったベッドに座って、直接訊いた。

 お母さんは、背後の壁をすり抜けて登場し、その過保護っぷりを大暴露した。どうしようもない母親を前に、思わず溜息が漏れる。

 それと同時に、チャイムが鳴り響いて、大人の女性が入ってくる。



「アレが先生よ。白衣っていう白い服を着ているのが印なの」

「へー」



 白衣を着ていない教師なんてたくさんいるが、一応俺は人間に対して無知な妖怪なので、「知らなかったー」みたいな反応を返しておく。

 先生が黒板に国語という文字を書くと、授業……という名の自習が始まった。



「……ねぇ、由紀。こんな勉強してる所見てても詰まらないわよ」

「じゃあ外で遊ぶ」

「そうしましょうか」



 俺は、お母さんが詰まらないと言い始めたので、外で遊ぶことを提案した。

 意外と子供っぽいお母さんは構って貰えないと、抱きついたり、頬をスリスリしたりと、ちょっかいを出してくるのだ。



「何して遊ぶの?」

「…………」



 特に思い付かない。

 今まで修行か、一人で時間潰しをしていただけだった。前世でも基本ボッチだったし、白菜と別れて以来、誰かと遊ぶと言うことがなかったのだ。

 それに、その白菜だって、外ではあまりはしゃぐようなタイプじゃなかった。敷いて言えば、羽根つきをしていたことぐらいだ。



「……羽根つき」

「じゃあ羽根つきにしましょう。これでもお母さんは、羽根つきとっても強いのよ?」



 そりゃあ、お母さんは江戸時代という羽根つき全盛期に産まれた妖怪ですから。羽根つきぐらい嫌という程やってたでしょうね。

 ――さて、肝心の羽根つきをするに必要な道具ですが……なんということでしょう。先ほどまで何もなかった筈の手には、氷でできた羽子板が握られているではありませんか。



「由紀、行くわよ。……それっ!」

「はやっ!?」



 鋼の弾丸のような速さで飛ぶ氷でできた羽根は、勢い良く地面に落下して数センチのクレーターを作ると、溶けて消えた。

 あまりの出来事に、俺はお母さんを睨む。咄嗟に足を引いてなかったら、間違えなく足の小指に命中していた。

 こんなの、俺が知っている羽根つきじゃない。



「溶かしたからお母さんの負けね」

「いいえ。落下した後に溶けたんだから、由紀の負けよ」

「でもあの威力だったら羽子板壊れちゃうよ」

「例えそうだとしても、落としたのは由紀だから、由紀の負けよ」

「…………」



 なんでこのヒト、こんなところで強情張ってるんだ。子供相手なんだから、「あらあら、仕方ないわねぇ」とか言えよ。

 師匠といい、お母さんといい、大人気なさすぎるだろ。



「さあ、由紀。打ってきなさい、どんな球だろうと打ち返して――――」



 チュンッという音がなると同時に羽根がお母さんの肌を掠め取った。



「……えっ?」

「お母さん、どうしたの? 打ち返せるんじゃなかったの? 羽根つき、とっても強いんじななかったっけ?」



 さっきのがウザかったから、煽ることにした。

 格差社会である妖怪に取って、やられっぱなしというのは、屈辱的なことなのだ。――って、前にお母さんが言ってた。



「フフフ……良いわ。その勝負、受けて立つ! 例え娘であろうと、容赦しないわッ!!」



 いや、容赦しろよ。

 仮にもお遊びで、大人と子供だぞ。何を熱くなっているんだ。やり返されたら、ふざけてたことを軽く謝って、普通の親子みたいに羽根つきしろよ。


 この日、お母さんは娘に勝つためだけに、大人としての地位を失ったのだった――。




 ◆



 泣きぐじゃる俺を膝上に乗せ、お母さんが師匠に何があったのかを、世間話をするかのように話した。



「――ってことがあったのよ……」

「透花、それはお前が悪い」

「なんでッ!?」

「ゆきちゃん、かわいそう……」



 みこに背中を撫でられると、ひっくと嗚咽が漏れる。

 別にあそこまでやらなくたって良いじゃないか。なんでちょっとずつ俺の服を傷つけていく必要があるんだ。もし俺が括れのある大人っぽい身体だったら、警察行きだったんだぞ。

 ……誰にも見えてないから、捕まることはなかったけど。



「物は大切にって由紀ちゃんに教えてたのお前じゃないか。それなのにお前というヤツは――」



 珍しく師匠がお母さんにぐちぐちと言っていた。

 俺はというと、みこに手を引かれて隣の部屋で着替えを済ませる。いつまでもあんな格好で居るわけにもいかないからだ。



「そういえば、ゆきちゃんって今何歳なの?」



 暗い雰囲気を変えるために、みこが話題を切り出す。……そういえばみこは、同い年の癖に俺のことを幼いって言ったな?



「みこちゃんと同じ八歳だけど?」

「えっ」

「同い年なのに、わたしのこと幼児呼ばわりしたよね?」

「もしかして、怒ってる……?」



 みこは一歩ずつ後方に下がり始める。

 そんなみこを見て、俺はにっこりとした笑みで氷の結晶を作る。



「別に怒ってないから大丈夫だよー」

「いやいや、怒ってるよね? とりあえずその氷を置こ? ね?」

「イ・ヤ・だ♡」

「うぎゃあああああああっ!!!」




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