第17話 寝癖直しには帽子を使うべし!




 帰り道に師匠が道を間違えた。

 混乱のさなか、ようやく双葉神社まで戻ってきたのだが、既に日が暮れてしまっていた。

 なので俺たちは、急いで夕食の仕度をすることになった。



「台所も随分狭くなったものね」

「当たり前よ。だって四人だもの」



 いや、絶対こんなに要らないだろ。

 っていうかお母さん、みこに「私、立派な母親ですよ」アピールするのやめろ。

 ここに来てから台所に立った回数なんて、俺の半分にも満たないだろ。



「みこちゃん、由紀と一緒にあっちで遊んでて良いわよ」

「大丈夫! 住まわせて貰ってるんだし、これぐらいは当然だからっ!」

「う、うん。そうね……」



 お母さんは、俺とみこを台所から排除しようとしたら、みこに思わぬカウンターを受けた。

 まあ、日頃の行いの差というヤツだな。

 お母さんは、ここに来てからマトモに料理してなかったし、良い教訓にでもなったんじゃないだろうか?



「明日からは当番制にしましょうか」

「そうね。……ねぇ、ボウル何処にある?」

「はい、お母さん」

「ありがとう由紀」



 たぶんこれ、お母さんが普段何もしてないことバレるぞ。どこに何があるのか把握してないし、おどおどし過ぎだ。これだとすぐにボロが出るぞ。



「鮭ってどうやって捌くのかしら……」

「あっ、あたしやるよ! おばあちゃんとよくやってたし!」

「そう? じゃあお願いね」



 みこの女子力が既に本物の母親を抜いている件について。……ヤバいな。みこって、こんなにハイスペックなのか。のんびりしてたら、俺たちの存在意義奪われるぞ。



「……鮭を捌くのは女子力に入るのかしら?」

「由紀の中では入ってるんじゃない? この子、基準がよくわからないのよね。アホ毛も寝癖だって言うし」

「寝癖なの!」



 これの何処がアホ毛だと言うんだ。どこからどうみても寝癖じゃないか。ちょっと根力が強いけど、到って普通の寝癖だ。

 それに、みこだって寝癖だって言ってるんだ。間違えなくこれは寝癖だ。お母さんはいつも異常だから、きっとこれがアホ毛だと勘違いしているのだろう。

 一体どうしたら、これを寝癖だと理解してくれるのだろうか……?



「そんなに直したいなら、一日中帽子被ってたら?」

「それだ!」



 俺は、みこの発言をそのまま取り入れることにした。

 どれほど強い寝癖だろうと、帽子の前には無力。一日で消し去ってくれるわ!

 そしてこれが直れば、頭の頂点付近にあるこの髪は、寝癖であるという証明になる。お母さんが間違っていたことを教えられるチャンスだ!



「お母さん! 帽子ちょうだい!」



 俺がお母さんに言うと、お母さんは溜息を吐いて台所から出ていった。

 しばらく経って、お母さんに呼ばれると、俺も残りはみこと優菜さんに任せて台所を出ていった。



「帽子がなかったから、これで我慢してね」



 そう言われてお母さんに被されたのは、水色の頭巾だった。

 いくらウチが貧乏だからって、頭巾はないと思う。……まあ、温かくて心地よいから貰っておいてやるけど。



「由紀ちゃん、すごく嬉しそうね」

「思った以上に気に入っちゃったみたい」



 箸で鮭をご飯の上に乗せながら、お母さんが会話を弾ませていたが、そんなことは俺の耳には届かない。

 思った以上に美味しかった焼き鮭ご飯に、すっかり魅了されてしまったのだ。

 焼き鮭とご飯の組み合わせは、俺の食べた美味しい食べ物ランキングの中でも、かなり上位に入る。

 ちなみに一位は、当然のごとく妖魔樹の実だな。アレに勝てる物はない。

 ――あっ、もうすぐ収穫の時期だ。早く初雪降らないかなぁ……。

 焼き鮭うまうま。



「ごちそうさまでした!」



 夕食を食べ終えると、台所までお皿を運び、食器を洗う……のは、優菜さんの役目。

 子供の手だと食器割っちゃうのが、心配らしくて台所にすら入れて貰えない。

 暇になった俺は、荷解きをしているみこの荷物を眺めている。



「ランドセルか……」



 使い始めてまだ二年の真っ赤なランドセルは、みこのイメージカラーに合っている。

 もし俺が今世でも学校に通うことになっていたら、水色のランドセルとかだっただろうか?

 たしか、前世で使っていたあの黒いランドセルは、貧乏でランドセルすら買えないという俺たちを見かねたお父さんが買ってくれたような記憶がある。

 ……見かねるぐらいだったら、もう少しお金を渡して欲しかったな。言わなかったお母さんが悪いんだけど、お父さんもお父さんだな。



「ゆきちゃん背負ってみてよ!」

「えー……」



 白菜のようにそこまで長い付き合いでもない限り、純粋な小学二年生女児のお願いを無下にすることはできない。

 俺は、みこに言われるがままにランドセルを背負った。



「どうかな……?」

「うん! ゆきちゃん、とっても可愛いよ!」



 赤いランドセルを背負うのは、心が男な俺にはちょっとばかり恥ずかしい。

 でも、今のお母さんに比べたら遥かにマシだということを思い出したら、恥ずかしさなんて何処かに吹き飛んだ。



「みこちゃん、お洋服はこっちのタンスに入れておくね」

「はーい!」



 お母さんは、襖を挟んで隣の部屋にあるタンスにみこの洋服をしまっていく。

 そのタンスには、俺とお母さんの着物も入っている。だが、着物の量が少ないために、二人で使っても半分にも満たないので、みこの洋服ぐらい簡単に収納できた。



「二人とも、お風呂入って良いわよー」

「はーい。行こっ、ゆきちゃん」

「うん」



 優菜さんがお風呂に入るよう言うと、俺はみこに手を引かれてお風呂場へと向かった。



「……お風呂ってどこ?」

「そこを右」

「ありがとう」



 みこにお風呂場の場所を訊かれたので、俺は素直に答えた。

 まあ、他人の家のお風呂場がどこにあるかなんて、知っているわけないよな。



 ◆



 お風呂から出ると、俺はいつものように着物と同じように改造された寝間着に袖を通す。

 今までの俺だったら、これで終わりだ。だが、今の俺はいつもとは違う。

 この寝癖を直すために、俺は頭巾を被る。



「由紀ちゃん、みこちゃん。お布団が足りないから、二人で一緒に寝てくれない?」

「はい、わかりました」



 優菜さんに言われて、俺はそのまま頷いた。

 元々お客さんなんて俺とお母さんしか居なかったので、布団が足りないのは仕方ないことだ。

 みこの寝相がどれほど酷いのかはわからないが、間違えなく白菜よりかはマシだと思う。白菜よりもマシなら、俺はみこと一緒に寝ることを拒まない。



「明日には愛ちゃんが使ってた布団を洗っておくから、お願いね」

「はーい」



 修行用の小屋は、砂埃が酷いために布団の裏面が汚れてしまっている。洗えば使えるようになるとのことだったので、一緒に寝るのは今日だけのようだ。



「ゆきちゃん、明日一緒に学校行かない?」

「なんで?」

「あたしが一緒に居たいからだよ!」



 お、おう……。

 そんなに素直に言われると、断れないじゃないか。

 ふと視線をお母さんの方に向けると、師匠が、俺に「行っちゃダメよ」と言おうとするお母さんの口を塞いでいた。


 これは明日、ストーカー確定ですわな……。




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