第16話 名探偵ゆきちゃん!




 昼食を食べ終えると、俺たちは愛さんの代わりに、みこを連れて双葉神社へと帰る。

 愛さんが近くに居るのは俺としても、かなり怖かったので助かった。



「おばあちゃん、いってきまーす!」

「みこ、気をつけて行ってくるんだっぺよ」



 みこは、祖母に大きく手を振って軽自動車に乗り込んだ。俺もみこが乗った後に軽自動車へと乗り込んだ。

 バイクに乗らない理由は、耳掻き現場を見られたお母さんが一人にして欲しそうだったから。


 ……そういえば、今までグータラな日常を過ごしすぎていたせいで、全く気付かなかったけど。



「俺の前世、クッソ使えねぇなぁー!」



 ――って思った。

 ……考えても見てみろ。

 前世と同じようにシナリオが進んだのなんて、白菜が都会へと旅立ったことぐらいだぞ。

 あとは全部、前世と違う。まるで同じ登場人物が出てくるだけで、全く別の物語を読まされている気分だ。タイトル詐欺にも程がある。

 少しは元の人生に逸ったストーリーを……って、「甘神くん、オタクになるまでの人生譚」をピックアップしてどうする。

 そんなの要らんわ!

 パソコン見て「はい終了!」だろ!


 折角なんだし、何か前世があるからこそできることを……



「…………」



 ――なにも、できない……!

 いやいや、待て待て。今の生活だって、前世があったから成り立っているようなものなんだし、少しぐらいは使えるものあるだろ。

 例えば…………そう! イメージ力!

 俺には、オタク人生で培った誰にも負けない程の変態力と妄想力がある!

 妖術は、イメージこそが大切だ。

 つまり――!



 変態度数が高い=妄想力が高い=イメージ力が強い=妖術が最強!



 ……変態度数関係ないじゃん。

 というか変態度数ってなんだよ。そんなもの培ってんじゃねぇよ。



「ゆきちゃん、今日から一緒に寝ようよ!」

「ごめん、それは無理かも……」

「えー、なんでー?」



 俺がみこの誘いを断ると、みこはどうしてなのかと理由を訊いてきた。

 今までなら問題はなかっただろう。だが、今となっては険しい壁が出来てしまったのだ。



「お母さんが監視するようになるからだよ……」

「ゆきちゃんのお母さんって、おばあちゃんに耳掻きされてた人?」

「うん……」



 お母さん、こんな俺と同い年の女の子にすらも言われてるぞ。親としてどうなんだ?

 俺は、そう思いながら軽自動車の後ろを走っているバイクを見た。

 お母さんの表情は、フルフェイスヘルメットで見えなかったが、たぶん顔は真っ赤だと思う。

 母親の愚行を他人に指摘されて、娘の俺が恥ずかしいと思ってるんだ。張本人が何も思わないわけがない。



「じゃあゆきちゃんのお母さんとも一緒に寝れば良いんだよ!」

「やめてあげて」



 お母さんのライフはもうゼロよ!

 みこは無意識にお母さんの心を抉りそうだ。せめて一週間ぐらい時間を置いてあげよう。



「居間でなら一緒に寝られると思うよ」

「じゃあ居間で寝よう! オジサン、良いでしょ?」

「ハハッ、そうだな。好きにするといいさ」



 オジサンの乾いた笑い声が聴こえてくる。

 諦めろ師匠。師匠はもう立派なオジサンなんだ。四十近い人間が、いつまでも若者ぶっているんじゃない。

 お母さん? 妖怪は寿命が無いんだし、二百歳だなんて若者みたいなものだろ。昇天までの平均年齢は人間と大差無いけど。

 ……冗談です、ごめんなさい。オバサンって言うと不機嫌になって面倒になるから若者呼ばわりを許しているだけです。



「お母さんってかなりの年数生きてない?」

「そうだな。透花は妖怪のなかでもかなり上位の強さを持ってるし、本性はあんなだが、礼儀正しかったからな。好意的な印象を持つ退魔士が多かったんだろ」



 それにしても、退魔士のさじ加減だけで生死を別けられるだなんて、なんか嫌だな。

 人間に攻撃的な妖怪がいるのも、何となくわかる気がする。



「……人間が居なくなったら、妖怪ってどうなるの?」

「人間が居なくなると、妖怪は永遠の生を得られるっておばあちゃんが言ってたよ」



 みこが俺の疑問に答えてくれた。

 すると、師匠がそれに付け加えるように話を続けた。



「だが多くの妖怪は一部を除いて、人間の強い思念を受けて存在している。人間が消えた後、そいつらがどうなるのかは、誰にもわからない」



 人間の記憶で存在している妖怪。人間が居なくなってしまえば、その存在は保てなくなる。

 前提条件が合っているならば、その理論は正しい筈だ。

 だけど――――



「わたしは?」

「由紀ちゃんはどうだろうな。人間と妖怪の間に生まれた子というのは聞いたこともない」

「そっか」



 師匠でも聞いたことがないって……もしかして俺が初めての人間と妖怪のハーフってことか?

 前世は普通に死んだけど、俺は妖怪になった今世でも高層ビルから落下すれば普通に死ぬのか?



「……あれ?」



 ――そもそも、どうして引きこもりでオタクな俺に逆行転生なんて起こったんだ?


 まず、こんな引きこもりを逆行転生させる神様なんているだろうか?

 ……いや、俺だったら引きこもりのオタクよりも頭脳明晰で、運動神経抜群で、整った容姿を持つ白菜のような人間を選ぶ。

 何が目的なのかは知らないが、俺なんかを選ぶよりも、目的が達成する確率はグンと上がる筈だ。


 そうなると、【妖怪】と【人間】の間に産まれた子供ということに目を置くべきだろう。


 死なないという性質を持つ妖怪が、【死んだ】というエラーを修正するために『転生』させたと考えるべきか。

 もう二度と同じことを繰り返さないようにするための『逆行』というわけか。TSは前世から身体を作り替える上で必要だったのだろう。



「そう考えると辻褄が合う……」



 それなら最初の『高層ビルから落ちて死ぬ』というのは否定されることになるな。


 ――フッ、これ程の推理力。さすが俺だ。毎週探偵アニメを見ていただけのことはある。

 これもオタク生活の賜物だな。

 ……で、結局俺って妖怪側なの? 人間側なの?



「おい、険しそうな顔してた割に、急にアホ面し始めたぞ」

「考えるのをやめたのよ。大人でもわからないんだから、仕方ないわ」

「ゆきちゃんの髪スゴいね。その寝癖、どうやって動かしてるの?」



 みこは、一人で全く関係ない話を持ち込んできた。だが、唯一の理解者を前に、俺は少し嬉しくなった。 俺はみこの手を強く掴んだ。

 この大人たちは、みんな揃いも揃って、この髪をアホ毛とか言うけど、みこだけは寝癖と言ってくれた。なんか寝癖が動いてるとか言ったような気もするけど、気のせいだ。



「え? なに?」

「みこちゃん大好きー!」



 俺は、つい嬉しくなってしまい、みこに抱きついた。俺のなかで、みこの好感度が急上昇した瞬間だった。




「アホ毛一本でよくもまあ、あそこまでできるな。子供って言うのはよくわからん」

「白菜も元気にしてるといいわね」

「そうだな……」



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