第13話 こんな田舎に子供なんて居たのか……って元同級生だったわ。




 意識が深い闇の底から浮上してくる。

 瞳を開ければ、一面に蒼い空と白い雲、真っ赤な太陽が視界に入ってくる。

 着物は水を吸い込み、重みを増しているものの、動けなくはなかった。



「ここは……」



 辺りを見渡せば、崖と崖だった。

 ここがどこだか、全くわからないが、適当な場所にある中州へと流されたらしい。

 とりあえず崖を登らなければ、帰るに帰れない。

 俺は川の一部を凍らせて、氷を作る。

 作成した氷に乗ると、そのまま地上まで氷を浮かせて道路に降り立った。



「はぁはぁ……疲れたぁ……」



 自分の体重よりも重い氷を五メートル以上持ち上げたのだ。そんなことをするには、大量の妖力が必要となる。妖力の消費が激しいほど、妖怪は疲れを感じるのだ。



「ギブ……」



 もう、歩けん……。

 俺は、路上であるにも関わらず、その場で倒れ込み、日干し状態になった。



「キミ、大丈夫?」

「むり……」



 五分ぐらい経った頃だろうか?

 この道を偶然通りかかった女の子が声を掛けてきた。

 年齢は俺と同じか、一つ上ぐらい……いや、コイツ前世で同級生だったわ。

 腰ぐらいにまで伸びた長い髪を、赤いリボンで纏めあげているポニーテールがトレンドの可愛らしい女の子。

 名前は……すまん。

 陰キャだったから覚えてないわ。



「じゃあウチで休んで行ってよ。すぐそこだから!」



 女の子が指をさす方向を見る。家とか全然見えない。……田舎あるあるだな。すぐそこっていうのは、五分以上歩いた場所にあるっていうことなのは。

 でも川の上流へと向かう方だ。どのみちそっちに向かって歩かないといけない。

 俺は、女の子に手を引いて貰いながら何とか立ち上がり、歩き始めた。



「ねぇ、名前なんて言うの? あたしは一柳みこって言うんだ!」

「由紀……」

「ゆきちゃんかぁ、可愛い名前だね! よろしくね!」

「うん……」

「ゆきちゃんはどこから来たの? なんでそんなに濡れてるの? お母さんは?」



 元気よく話し掛けてくる女の子――みこを相手に俺は、深く溜息を吐いた。

 マジで浸かれてるから話かけるな。……なんて、ガチの小学生相手には言えない。

 俺は一つ一つ、丁寧に答えてあげた。



「川から流れてきたの!? ゆきちゃんって桃太郎なの!?」

「違う」

「あっ、ゆきちゃんだから雪太郎か!」



 バカにしてんのか。グーで殴るぞ。



「違うの? じゃあ、ゆきちゃんは何なの?」

「?」



 その言葉に何か引っ掛かった。

 それは一体、どういう意味なのだろうか?



「だってゆきちゃん、人間じゃないよね?」

「えっ……?」



 心臓がドキリとした。

 見破られた……? こんな、女の子に?

 これでも毎日お母さんとの修行を積んでいるので、俺が妖怪だとバレることはないと思っていた。

 本屋のオジサンにもバレなかったし、大丈夫だと思っていたのに、どうして……?



「えへへっー、びっくりした? あたしね、そういうの何となくわかるんだー」



 みこは、嬉しそうに笑いながら言う。こっちは正体見破られて心臓バクバクなのに、お構い無しだ。

 まさか霊感持ちだったとは……。



「わたしは雪娘の由紀だよ」

「雪娘かぁ……何ができるの?」

「凍らせたり、温めたり……」

「なんだかエアコンみたい」



 おい、言い方。俺をエアコンなんかと同列扱いすんな。エアコンは空気を凍らせることできないだろ。せめて冷蔵庫とストーブの融合体と呼べ。



「あたしね、おばあちゃんと一緒に暮らしてるんだ。でもさ、この辺って田舎過ぎて何もないじゃん? だからいつか、都会に行ってみたいんだー」



 まあ、田舎者が都会に夢見るのは当たり前だし、いつか行けるように頑張れとしか言えないな。



「そう言ったらおばあちゃんがさ、『とけぇは怖ぇ所だからやめた方が良いだっぺよ』なんて言ってさ……都会にはたくさんの人が暮らしてるのに、おかしいと思わない?」



 みこは、口を尖らせながら祖母の物真似をして文句を垂れた。この子から物真似の才能を感じる。

 ……それはそれとして、俺からもみこに伝えることができた。それをこの場で公表しておこう。



「とけぇは怖ぇ所だからやめた方が良いだっぺよ」

「アハハッ! なんでゆきちゃんまでおばあちゃんの真似してんの!」



 俺の言葉を笑い飛ばしたみこ。

 正確には俺の言葉ではなく、みこの祖母の言葉だけど。

 それでも俺は、その祖母とは同意見だ。

 都会なんてちょっと娯楽施設に溢れただけで、その実体は、ガチャで課金をさせて欲しいキャラを求めさせ、数百回と回した果てに手に入れさせたキャラを学園・花嫁・水着・ハロウィン・クリスマス・お正月・バレンタインと……何度も何度も新衣装で登場させて、オタクたちからお金を巻き上げている運営の闇だけだ。


 こんな明るい女の子が行くべき場所じゃない。こういう子供こそ、電波一つ立たないクソ田舎で鋭気を養うべきなのだ。

 白菜みたいに都会行けば何か変わるかも、なんて考えで都会に行くのは良くないのだ。



「あっ、あそこの家だよ!」



 歩くこと五分。

 ようやく見えてきた一軒家は、長年の歴史を感じさせる平屋建ての木造建築だった。



「おばあちゃんただいま!」

「みこちゃん帰ったんだっぺか? そっちの白いのはなんだっぺ?」

「由紀ちゃん。川の上に住んでる雪娘なんだって!」



 みこの祖母が何やら俺のことを見計らうかのようにジッと見詰めてくる。その目は、マッキーで描いたかの横棒。

 だが、謎の達人感を感じた。



「川から流されてきたみたいで、服がびしょびしょなの。おばあちゃん、乾かしてあげて」

「わかったっぺよ。みこちゃんは先に手ぇ洗ってきな」

「はーい!」



 みこの祖母は、俺が着ていた着物をささっと取り上げると、乾いた布で身体を拭い、サイズがちょうど合ったワンピースを俺に着せた。



「オメェはどーして川から流れてきたんだっぺか?」



 みこの祖母が訊いてきた。

 どうして流されたのか、ふとそう考えた時にが脳裏をよぎった。



「――――っ!」



 思い出したかのように身体が震える。

 突然顔を真っ青に染めて身体を震わせた俺に対して、みこの祖母は俺のことを優しく抱きしめた。



「喋ってくんなきゃ何もわからんだっぺ。こんな老いぼれババアで良けりゃあ、いくらでも力を貸してやっぺ」



 みこの祖母に頭を撫でられる。

 どういうわけか、この人に頭を撫でられていると、とても落ち着く。なんだか触れているだけで安らぐような……とても不思議な感覚だ。

 恐怖と絶望からの安心感に涙が零れた。



「山の妖怪が愛さんに釘を何度も打ち込まれて……それでノコギリで身体を、バラバラに……」



 言葉に出すと、あまりにも酷いことが起きていて、今も耳の奥で妖怪の悲鳴が聴こえてくる。

 それでも俺は、震える声を振り絞って言葉を紡ぐ。



「――でも、妖怪だから死ぬことはできなくて……ずっと苦しんでて……それで座り込んだら地面が崩れて……」



 口からは何度も嗚咽が漏れる。

 年相応のか弱い女の子が出すような恐怖に染められた嗚咽が、部屋を包み込む。



「そうかい。怖かったんだっぺな。今日はゆっくりしていき」



 みこの祖母がそっと俺の背中を撫でると、俺は意識が途切れるかのように、深い眠りへと落ちていった――――。






「この妖気、どこかで……そうだっぺ。あのバカ弟子め。ワシが老いぼれババアになってもまだ振り回すつもりだっぺか。いつまで経っても世話のやける弟子だっぺな」





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