第12話 師匠の新しい弟子、愛さん
俺たちは、師匠の新しい弟子――愛さんを連れ、双葉神社まで戻ってきた。
「あの小屋で過ごして貰うことになる。中にあるのは自由に使って良いが、見てわかる通りあそこに大きな穴がある。まずはそれの修復からだな」
「はい!」
元気よく返事する愛さん。
それに対して、ちょっとしょんぼりしながら、心のなかで謝罪をする俺。
余計なことして仕事を増やさせてしまい、大変申し訳ありませんでした。
「コレが鍵だ。家のなかに誰かしら居るから、何か聞きたいことがあったら言ってくれ」
「はい!」
「じゃあ、俺は家に戻ってるから。由紀ちゃん、この辺り案内してやってくれ」
師匠が「壁の件を言いふらされたくなければ案内してこい」と俺のことを脅してきた。
俺は行かざるを得なくなり、渋々引き受けることにした。
「この山は神社の土地です。なので自由に使えます。この道を辿って山を越えれば、学校があります」
まずはこの場から見ることができる範囲内で、山と畑の説明をした。
「ニワトリ小屋です」
裏庭を歩いてニワトリ小屋の場所を教え、その反対側に見える山を指さす。
「山神様の山です。初雪が降るときに妖魔樹から実を回収して浄化します」
「山神様?」
「山神様です。詳しいことは知りませんが、妖魔樹を浄化しないと山神様の怒りを買うと聞きました」
そういえば山神様がどういうものなのか、ハッキリと聞いたことがない。一体どんな姿をしているのだろうか?
まあ、知らなかったからって何かあるわけじゃないし、別にいいか。
全部教え終わったら、滝で水遊びでもしよっと。
「神社の階段は降りても道路しかないので、特にありません。あっちは、駐車場です。だいたいこんな感じです。何かあれば師匠に訊いてください。ではわたしはこれで」
俺は、タオルを取りに行くために一度戻ろうと、家へと足を向けて歩き出した。
――間違えなく人生で一番喋った日だ。めっちゃ疲れた。陰キャな俺には、もう無理だ。最後の方とかめっちゃ早口になってたような気がするけど、あとは全部師匠に任せた。
「あ、あのっ!」
「?」
後ろから声を掛けられたので、振り返る。
「ありがとうございました!」
とても素直な女の子だと思った。俺はくすりと笑い、手を振ってその場から立ち去った。
……やっぱりあのときの恐怖感は、何かの勘違いだったのか?
俺は滝で水遊びをすることをお母さんに伝えると、お母さんは身体を拭うタオルを渡してくれた。他に準備するものもないので、俺はそのまま滝へと向かって行った。
◆
勢いの強い滝が目の前にある。
……ん? 一体何を勘違いしていた?
水遊びというのは、滝行のことだぞ?
キャッキャウフフとかすると思ったか?
一人でそんなことできるわけねぇだろ!
地元の女の子がこっちまで遊びに来てくれないとそんなことは現実にならないんだよ!
そんなボッチで何をしろと言う!?
俺は着物を脱いで足を水に浸ける。
――もし俺が露出狂だったら、この格好でその辺を出歩くこともあったかもしれないが、残念ながら俺はそんな趣味を持ち合わせていない。
「気持ちぃ……」
波打つ滝の流れが心地よい。ここは自然の声が聴こえやすく、とても落ち着くのだ。
この滝が温水だったらどれ程よかったことかと何度も思う。
「…………」
……アレやっちゃいますか。
俺は、体外に出す妖気を増やして水に溶かす。
「ふぬぬっ……!」
雪娘は、温度を下げて氷を操ることだけが全てではない。正確には【温度】と【氷】を操ることができるのだ。なので妖気を使って冷水を温めることも可能なのだ。
「はあっ!」
……ふむ、温いな。
まあ、氷点下にも近い水温を上げるのは難しいか。熱湯から氷を作るのは簡単なのに……。
でもここまで温度を上げられただけでもスゴいだろ?
だって今も尚、山の上から冷水が流れて来てるのに、この水温を保てているんだぞ。
この華麗なる雪娘を褒め称えよヒューマン!
滝行をしているときは、滝の流れに逆らっているので、夢中になることができる。
俺にとって、時間潰しと言えば滝行だ。
前世のオタクムーブと比べて、随分とマトモになったのではないだろうか?
前世の俺ならこうして俺が滝行している間にも石を購入してガチャを回している。そんな邪念すらも消し去り、滝行に集中している。俺って意外と聖人の域に達してたりするのか?
「いや、ないな……」
頭の中は相変わらずアニメやゲームのキャラでいっぱいだ。家でもぐぅたらしながら、お煎餅食べてお茶飲んで幼児向けアニメを見てる。こんな妖怪が聖人だったらイヤだろ。
そう言うのはもっとボンキュッボンで慈愛に満ちている人間がやるべきだ。
例えばそう、年齢にそぐわない程大きな胸を持つ愛さんとか。
◆
「――――ッ!」
訂正。
こんなの聖人じゃない。
俺は、金槌で釘を打ち付けている愛さんを見て、顔を真っ青に染めながら思った。
「ほらほらどうしたんですか? その程度でこの私に勝てるとでも! 思ってるんですか!」
彼女が釘を打ち込んでいるのは、木板でも木片でも地面ですら無かった。
彼女が地面に押さえつけ、釘を打ち込んでいたのは、この土地に住まう妖怪だったのだ。
「――――ぁ――」
釘を打ち付けられている妖怪の悲痛な声が耳に響く。そこから感じたのは、ただの恐怖でしかなかった。
――せめて浄化してあげて……。
恐怖で足がすくみ、動けない俺は、心のなかでそう願うことしか出来なかった。
だが無情にも、その願いが届けられることはなく、その場に落ちているノコギリが更なる地獄を呼び寄せた。
「妖怪の分際でこの私に勝とうだなんて、百五十年は早いんです――よッ!」
――ノコギリが振り下ろされる。
そう思った瞬間に俺は、それを直視することができず、目を瞑ってしまった。
だが、目を瞑った程度でその妖怪の悲痛な声が聴こえなくなるわけではない。痛い助けて殺してくれ、と泣き叫ぶ妖怪の声が耳に響く。
俺は、いよいよ立っていることすらできず、その場にへたり込んだ。
その妖怪の声が徐々に枯れていき、【恐怖】から【絶望】という強い感情に切り替わったことに気が付いた。
その妖怪を目の当たりにした俺も、その強い負の感情に呑み込まれるのに、そう時間はかからなかった。
――目の前が絶望に染められる。
股の辺りから生温かい液体が出ているのを感じる。その液体は着物や身体に付くこともなく、草木の美味しい資源へと還った。
「だれか……助け――」
湿った地面が崩れさり、そのまま背後に流れる川へと突き落とされた。
「……えっ?」
ドポンと、鈍い音が水面に響いた――――。
「――――!?」
「透花さん? 大丈夫ですか?」
「ちょっと、嫌な予感がしたの……」
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