第11話 真の甘党とは、冬場で薄着でもパフェを求める者のことを言う




 師匠の新たなる弟子を迎えるべく、俺たちは街を訪れていた。

 約束の電車が来るまであと一時間。

 そんなに早くに来て一体何をするのか、もちろんこれだ――――。



「この写真全部五枚ずつお願いします」

「は、はい。かしこまりました……」



 お母さんの対応に思わず店員さんも苦笑い。店員さんの脳内では、「美人さんなのに、かなりの親バカね」という思考でいっぱいだっただろう。

 お金は白菜のお母さん……つまり師匠持ちだ。師匠にはこんな写真一枚足りとも見せられないが、白菜とお父さんに送りたいらしい。

 なので白菜とお父さんに一枚ずつと、お母さんの保存用・観賞用・予備用の三枚。合計五枚を注文した。


 写真はこの前の撮影会以外にも、何気ない日常生活のなかで撮った写真もいくつか混ざっている。

 そのどれもが俺の写真であることに代わりはないけど。


 写真が出来上がるまで三十分ぐらい掛かるらしいので、それまではファミレスで時間を潰すことになった。



「由紀ちゃん、好きなの頼んで良いからな」

「ありがとうございます」



 じゃあこのグランドストロベリーパフェとかいうのにしようかな?

 もう人間たちは衣替えして、コートを羽織る季節なのだが、雪娘にそんなことは関係ない。甘い食べ物こそが正義である。



「由紀はそれにするの?」

「うん!」

「じゃあお母さんはこっちにしよっかな?」

「おい、今日十四度だぞ。そんな格好なのに、よく冷たいもの食べられるな……」



 俺は、右手の人差し指を額に当て、左手で右手首を掴む。

 ふっ、甘いな。

 まるでお酢に砂糖を溶かしたみたいな甘さだ。

 真の甘党とは、温度ごときに揺るがされたりしないのだ!



「ウッ!」

「由紀ったらまた変なこと覚えて……テレビ禁止にしようかしら……」



 少し対象年齢が早かったか。理解すらして貰えないとはな。まあ、八歳児が厨二ポーズを取り出せば心配にもなるか。

 ……ところで今、誰か「ウッ!」言うたな。



「師匠?」



 どうした師匠。

 胸なんて抑えて大丈夫か?

 どこか痛いのか?

 頭の病院、連れて行ってやろうか?



「なんか新しい玩具見つけた顔してるわよ透花さ――ン゛ッ!?」



 白菜のお母さんの様子があまりにもおかしかったので、俺はお母さんの方に視線をズラす。

 お母さんのあまりにも黒い笑みに思わずギョッとした。



「……すみません。このグランドストロベリーパフェ1つとドリンクバーください」



 この状況を見て俺が選んだ答えは、たった一つだけだった。

 ――これに関わるのはやめよう。



「か、かしこまりました」

「私はフレンチトーストとドリンクバーで。アレはあとで注文します」

「は、はい……かしこまりました」



 俺が通りすがった店員さんを引き留め、内密に注文すると、それに乗じて白菜のお母さんも注文を済ませた。

 俺と白菜のお母さんは、ドリンクバーを取ることを大義名分としてその場から離れた。

 あの空間に居るだけで嫌な予感がする。なるべくドリンクバーコーナーでゆっくりしていこう。



「はい、由紀ちゃん。オレンジジュース」

「ありがとうございます」



 白菜のお母さんから子供用のコップに淹れられたオレンジジュースを受けとる。

 白菜のお母さんがコーヒーを淹れている隙にオレンジジュースをくぴくぴと飲み干し、もう一杯追加で淹れてから戻ることにした。

 俺たちがドリンクバーコーナーから戻ると、ちょうどドリンクバーを頼んだであろう二人が座席から立ち上がった。

 すれ違い様に見えた師匠の目は、まるで死人のように虚ろいでいた。



「パフェが届いてる!」



 座席の上には俺が注文したグランドストロベリーパフェの面影があった。

 店員さんやるじゃん!

 まさかドリンクバーで時間を潰してただけなのに、もう届いていたなんて!


 早速食すべく、スプーンに手を握りしめ、パフェに手を伸ばす。



「~~~~~~~~ッ!!!」



 あっまぁ~い!

 イチゴ甘々じゃん!

 美味しすぎて溶けちゃうかもしれない。

 最高かよ……

 ドリンクバーから戻ってきたお母さんは、美味しそうにパフェを食べる一人娘の姿に思わず微笑んだそうな。




 ◆




 パフェを食べてある程度の時間を潰すと、一度写真屋さんに戻り、出来上がった写真を受け取った。


 お母さんは、写真を片手にホクホク顔で鼻歌を歌いながら、商店街を突き進む。

 新人の弟子と合流後、すぐに帰れるようにと、駐車場まで車とバイクを取りに戻ったのだ。



「じゃ、私たちは先帰ってるから」

「おい」



 四人乗りの車では、新人の弟子と合流すると乗りきれない。なので今回、俺とお母さんはバイクで来ている。俺とお母さんだけ先に帰ることも可能なのだ。

 だが、師匠が何やら冷たい目でこちらを見てくる。



「……冗談よ。行きましょ」



 師匠の圧にお母さんが負けた瞬間だった。

 それから駅前に移動して五分。約束の電車が駅に到着した。

 駅から出てきた中学一年生の少女が一人。キョロキョロと辺りを見渡していた。



「ちょっと行ってくる」



 師匠が車を降りて少女に声を掛けに行った。

 怪しげな格好をしたオッサンが高校生にも満たない少女へと話しかけに行く。これはロリコン誘拐犯の構図である。

 師匠が誘拐した少女を連れてくると、その少女はこちらに挨拶をしてきた。


 そういえば、前世でちょうど今ぐらいの時期に、都会から中等部に転校してきた女の子に似ている気がする。名前はたしか、笹川――――



「はじめまして、笹川ささかわあいと申します。よろしくお願いします」



 礼儀正しい少女の姿に俺たちは、ぽかんとした。師匠の言葉を聞いてる限りでは、相当の問題児で手がつけられない程、荒くれているイメージがあったからだ。

 こんなところに来たのは一体なぜなのだろうか? 自らの希望か?


 首を傾げながらも、白菜のお母さんが軽く自己紹介をした。



「私は双葉優菜ゆな。こっちは雪女の透花さんで、その娘の由紀ちゃんよ」



 前世でもよくお世話になっていたのに、白菜のお母さんの名前が優菜だってことを初めて知った。

 どうしよう。今日のメインである筈の愛さんよりも衝撃なんだけど。

 今後は優菜さんって呼ばせて貰おう。

 優菜さんが俺とお母さんのことを軽く紹介すると、俺とお母さんはそれに合わせて会釈した。



「由紀ちゃんか……今何歳?」

「八歳です」

「八歳かぁ……なんか妹が出来た気分。よろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」



 俺は、愛さんに挨拶すると、よくできましたと言わんばかりに頭を撫でられた。


 ……

 …………

 ………………


「由紀、どうしたの? 帰るわよ?」

「あっ、うん……」



 お母さんから渡されたフルフェイスヘルメットを装着してバイクに乗る。

 師匠が車を発進させると、それに追従するようにお母さんがバイクを走らせ、双葉神社へと戻って行ったのだった――――。



 ――なに、あの恐怖感……。

 あんなに優しそうに見えた愛さんだが、俺のなかでは、どうしようもなく彼女が怖かった。



「由紀、しっかり掴まってないと落ちるわよ」

「ごめんなさい」

「…………」



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