第10話 着物大改造! 匠のビフォーアフター!




 朝日が射し込み、俺はふと目を覚ます。

 布団の中から枕元に置いてある着替えを手探りで取ろうとするも、中々見つからない。



「……あれ?」



 おかしいな。いつもならお母さんがこの辺に置いてくれている筈なのに……。

 寝返りを打ってお母さんの布団を見るが、いつものようにお母さんの姿はそこにない。まさか忘れて行ったのか……?

 起き上がって襖を開ける。そこには、昨日と同じようにミシンと向き合うお母さんの姿があった。



「お母さん、わたしの着物……」

「ごめんなさい。ちょっと待ってて」



 お母さんは立ち上がって、すっかり我が物顔で使用しているタンスを開ける。がそごそと弄っていると、いつもとは形の異なる着物が出てきた。



「今日からこれね。今までとは勝手が違うかもしれないけど、すぐ馴れるだろうから気にしないで」



 お母さんに寝間着を剥ぎ取られ、昨日お母さんが作った着物に袖を通させられる。

 ……なんということでしょう。つんつるてんで脛辺りまであった着物の丈は、膝上五センチぐらいにまで短く切り取られているではありませんか。

 特に袖の長さを調節された肩の露出と袖に組み込まれたフリルには、お母さんの強い想いが乗せられており、これはまさしく親子の想いを表現していることでしょう。

 そんな匠の手によって作られた着物を着た一人娘の感想は――――



「恥ずかしい……」



 こんな肩を露出させた着物なんて恥ずかしすぎる。それに足だってマトモに露出させたことないのに、このノーガードっぷり。着物の下から流れてくる風が下半身をスースーさせてくる。

 匠は、一体何を想ってこんな着物に仕立て上げたのだろうか。匠の方に目を向ければ、何だか凄く嬉しそうに微笑んでいた。



「由紀ちゃん、随分可愛らしい表情してるわねぇ」



 白菜のお母さんが背後から現れ、ビクリと身体が震えた。

 白菜のお母さんを視界に捉えたお母さんは、白菜のお母さんに「ウチの娘、最高に可愛いでしょ?」っと、自慢していた。そのときのお母さんの顔は、とても誇らしげだった。



「折角だし写真撮っておきましょ。カメラ貸してくれる?」

「ええ、少し待っててね」



 何故か白菜のお母さんまでルンルンだった。

 白菜のお母さんが一眼レフを持ってくると、お母さんにカメラを向けられ、『雪娘ちゃんはじめての撮影会』が開催された。



「由紀、良いわよ。その顔、最高に可愛いわよ! ほらこっち向いて!」

「――――っ!?」



 ありとあらゆるアングルからカメラを納められた。特に下からのアングルが非常に恥ずかしく、内股気味になって着物の裾を引っ張った。

 俺は、お母さんに鏡の前に立たされ、自分の姿を見せられた。

 鏡に映る顔を紅潮させた幼女の姿には、何やらそそるものがあった。もし俺がロリコンだったら鼻血を出して脳死していただろう。



「来週にでも写真屋さんで現像して貰いましょう」

「そうね。あっ、額縁も買わないといけないわね」

「お母さんヤメテ」



 現像まではどこの家庭でもあるだろうから兎も角として、額縁に飾られるのは、さすがに度が過ぎている。その写真を見る度に着物の裾をひっぱることになりそうだ。

 何とかして話題を逸らさせよう。



「お、お母さん。足袋どこにあるの?」

「ちょっと待ってなさい……はい、コレ」



 俺は、お母さんから足袋を受けとると、その場に座り込んだ。

 着物だと足袋を立って履くということができない。なので足袋は、座って履くことが習慣となっているのだ。

 足袋を履いていると、お母さんたちが俺のことをジッと見詰めてきた。なんだろうかと首を傾げていると、お母さんが口を開いた。



「由紀、見えてるわよ」

「みえ……?」



 ――――――っ!?


 バッと音を響かせながら、着物を抑える。下着なんて身に付けたこともない俺にとって、それは致命的な攻撃だった。別に女性同士なら良いじゃんとか、そういうわけではない。この二人はカメラを片手に持っているのだ。撮影なんて堪ったものじゃない。

 俺は涙目になりつつも、お母さんたちを睨む。



「あら、かわいい。――じゃなくて……由紀、今度からは気をつけてね」

「うん……」



 お母さんに頭を撫でられ、慰められた。

 師匠がこの場に居なかったことが唯一の救いだろう。だが、今後座る場合には、気をつけないと師匠のロリコンを解放させてしまう可能性がある。

 それだけは回避したいところだ。


 俺はいつものように、櫛を片手に化粧台の前で髪を梳かす。

 髪はそこまで長いわけではないが、このてっぺん付近に立直している髪の毛が気になるので、梳かす必要がある。

 髪の長さは、よく雪女の子供とかでイメージされる肩につかないぐらいの長さ――ミディアムだ。



「アレが消えないかって、毎日頑張ってるのよね」

「アホ毛も可愛いと思うんだけど……」

「アホ毛じゃない!」

「……そうなのね」



 まったく、俺にアホ毛とかあるわけないだろ。例え白菜のお母さんでも失礼だぞ。

 コイツは寝癖だ。

 断じてアホ毛などではない。

 あんなのは二次元に存在しているだけであって、現実に存在するわけがないのだ。

 それにしてもこの寝癖しつこいな。



「あの娘のコンプレックスなのよ……本当に困っちゃうわ。もっと他にコンプレックス持つ場所あるでしょうに……」

「……そうね」



 二人の会話が耳に入ってくる。

 お母さんたちが話しているのは、間違えなく身長の話だろう。俺の身長は二年前の白菜よりも低い。それでも成長はしているが、同年代と比べれば、その低身長っぷりは明らかだろう。

 だが、実は全くと言って良いほど、低身長にコンプレックスは抱いていない。前世では身長だけは無駄に高く、低身長に憧れていたのだ。むしろ低身長バンバンザイである。



「……今日はここまでにしておいてやる」



 この根強い寝癖め、今日の所は引き分けだ。明日こそ消し去ってくれる。覚えておけよ!

 俺は、櫛を化粧台の上に置いて立ち上がる。

 奴らに朝食の配膳を済ませなければならないからな。これは断じて逃げなどではない。配膳しないと奴らが可哀想だからな。



「朝食だよー。ほら、いっぱい食べてね」



 コケコッコ……通称、美味しい卵を産む飛べない鳥こと、ニワトリに朝食を運ぶ。

 ニワトリ小屋は裏庭にあり、糞の臭いでかなり臭い。餌に夢中になっているウチに卵だけ回収してさっさと立ち去ろう。



「…………」

「…………」



 一匹のニワトリと目が合う。この一匹だけは妙に賢い。何故か餌で釣られないのだ。

 ありとあらゆる手段を駆使して今まで回収してきたが、同じ手は二度と効かない。

 ――――先手必勝!



「焼き鳥にしてやんぜオラァ!」

「――――っ!?」



 俺のドスの利いた声に驚き、その場にひれ伏したニワトリ。賢いが故に焼き鳥の意味を理解してしまい、ソレに恐れおののいているのだ。

 所詮はニワトリ。ホモサピエンスにすら劣る生物ごときで、この妖怪様に敵うわけがない。

 ――さっ、回収回収……



「さらばだァ!」



 今日の朝ごはんは、卵かけご飯にしよっと!


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