第9話 わたしが壊しました。



 季節は秋。

 最後の野菜出荷を終えた俺とお母さんは、本格的にすることが無くなり、日々退屈をしていた。



「そろそろ鎌倉作りも飽きてきたなぁ……」



 氷でできたブロックを作成して、それを使って鎌倉を作る日々。神社の庭には、季節にそぐわない鎌倉でいっぱいだ。あれだけあると、参拝の邪魔になるし、そろそろ壊すか。



「《氷剣》!」



 氷で剣を作り、鎌倉を真っ二つに斬る。

 氷でできた剣は、相変わらず脆い。鎌倉一つ斬ったぐらいでヒビが入っている。

 もともと氷には、割れやすい性質と溶けやすい性質がある。剣として扱うことは正しくないのだろう。

 かと言って、ハンマーみたいな打撃系の武器を作ろうとしても、俺では重くて持ち上げられない。



「やっぱりこれしかないよね……」



 俺は、氷で作った弓と矢を手に持ち、呼吸を整え、鎌倉に照準を合わせる。



「……――!」



 手を離して矢を射ち放す。射ち放たれた矢は、鎌倉を貫き、鎌倉の奥にある小屋らしき物の壁を貫いて、何処かへと消えた。



「やばっ! やっちゃった……」



 思いっきり貫いたけど、大丈夫かな……?

 けど、まあ、この小屋使ってる所見たことないし、大丈夫だろ。一応あとで謝っておこう。


 お母さんの弓矢もそうだけど、本当に威力がえげつない。矢が速すぎるから、氷柱と違って射出後の操作ができない。

 こればかしは誤射しないように気をつけないとな。


 それから五回ほど鎌倉を貫いた所で、今日は切り上げることにした。

 貫かれた鎌倉は、その場で溶けて無くなるので、処分する必要はない。

 なので俺は、鎌倉の残骸を気にすることもなく、屋内へと戻った。




 ◆




 居間では、お母さんがミシンを扱って何やら作業をしていた。

 ふと目線を逸らして見ると、白菜のお母さんと師匠がそれぞれの時間を楽しんでいた。

 俺は、お母さんの元へと足を運び、訊いた。



「お母さん、なにしてるの?」

「由紀の着物、もう小さくてつんつるてんじゃない? だから見栄えが悪くならないように直してるのよ」

「へぇー……」



 どうして袖が切られてるんですか?

 どうして丈が短くなってるんですか?

 その大量にある謎のフリルは何ですか?


 訊きたいことは山ほどある。

 でも、肝心の着物が成長した俺には、もう既に着られるような状態でないことは明らかだった。

 例え貧乏でも、洋服を好まない一人娘を何とか着飾りたいと想う母親の気持ちを、無下にすることができなかった。

 俺は、お母さんには何も言わず、口を噤んだ。



「ところで由紀ちゃん。この間買った服は着ないのか?」



 なにこのオッサン気持ち悪っ。

 ロリコン属性まで兼ね備えていたとか、いよいよ救いようがないな。

 あのお母さんが衝動買いしたメイド服は、俺よりもサイズが少し大きかった。あと三年もあれば着られるようになるかも知れないが、あんな服は着たくもない。



「なあ、母さん。由紀ちゃんがゴミを見るような目で見てくるんだが……」

「お父さん、由紀ちゃんも女の子なんだから、その辺はきちんとしないとダメよ」



 あのメイド服、あのまま永遠に押し入れの奥で眠っててくれないかな。

 師匠のことをゴミのように扱っていると、白菜のお母さんが料理をすると言ったので、手伝うことにした。



「由紀ちゃん、そっちの野菜切ってくれる?」

「わかりました」



 俺は、包丁を持って野菜を刻む。

 我が家の刃こぼれしている包丁とは全く違い、スムーズに野菜が切れるので、とても楽しい。

 今までは、ニンジンを刻むだけでも大変だったというのに、キャベツやトマト、ダイコンがどんどん切れる。



「由紀ちゃんは手早くて助かるわ。あとは大丈夫だから、お皿でも運んでてくれる?」

「……お米は?」



 お米を炊かないで、一体どうするつもりなのだろうか?

 間に合わないならお米ぐらい炊いておくけど……。



「炊飯器でやってるから大丈夫よ」



 白菜のお母さんが指さした方を見ると、そこには湯気を噴いている炊飯器の姿があった。

 文明機器じゃん。なんでこんな田舎にこんな時代の力が存在しているんだ……!


 炊飯器をまじまじと見ていると、白菜のお母さんが「ふふっ」と軽く笑った声が聞こえてきた。

 ――おっと、初めて見たからつい見入ってしまった。早く食器運ばないと……。




 ◆




 夕食を食べていると、突然師匠が箸を置いた。

 その異様な行動を前に、俺とお母さんと白菜のお母さんは箸を止めた。



「お父さん、どうかしたの?」

「ああ……」



 師匠の言葉は、そこで途切れた。

 いや、「ああ……」だけじゃ何も伝わらないからな?



「師匠?」

「ん? ああ、ごめんな。実は退魔統括協会からのお達しが来てな」



 師匠の言葉に反応するかのように、お母さんがピクリと動いた。

 こんな場所で話すということは、なにかあるのだろうか……?



「退魔士の弟子をこっちに連れてくるらしくて、そいつの面倒を見てくれということだ。こんな田舎で面倒を頼まれるってことは、相当なヤツなんだろう。母さん、悪いが頼めるか?」

「わかったわ」

「透花も由紀ちゃんも、大変な思いをさせると思うが、よろしく頼む」



 師匠が軽く頭を下げる。俺とお母さんは、快く受け入れることにした。

 俺は、いつからなのかとか、期間はどれぐらいなのかとか、具体的なことを師匠から聞いた。


 相手は俺より五つ上で、女の子らしい。

 来るのは来週からで、期間は一人前になるまでだそうだ。

 どんなヤツなのだろうか?

 多少気になるけど、ソイツと組むつもりはない。

 俺の相方は、既に白菜で決定済みだ。

 去年、白菜が帰ってきたときに登録を済ませてある。



「お部屋はどうしましょうか?」

「修行用の小屋があっただろ。そっちで寝るようにして貰おう」



 ……ん? 小屋?



「そんな小屋ありましたっけ?」

「ああ、見習いが研修に来たときに使うんだ。玄関を出て左手にある小さな小屋なんだが……」



 ん? なんだろう、凄く見覚えがあるような気がするぞ?

 それって…………



「ここだ」

「穴が空いてるわよ」



 ごめんなさいぃぃぃっ!!!

 それ壊したの俺なんです!!

 小屋の前で土下座を決めた俺を見て、大人三人は何となく察した。

 お母さんは、土下座している俺の脇に手を入れて持ち上げた。俗に言う「たかいたかい」というヤツだ。



「由紀。ちゃんと言葉にしないと、伝わらないわよ」

「弓矢の練習中にそこまで威力があるとは思わず、貫いてしまいました。大変申し訳ございませんでした」



 誠心誠意深々と謝罪文を申し上げると、お母さんは深く溜息を吐いた。



「どこでそんな言葉遣い習ったのよ……ウチの由紀がごめんなさい。どうにかして直しておくわ」

「いや、これぐらいなら良い修行になるだろうし、このままにしておこう。由紀ちゃんも次からは気をつけろよ」

「ごめんなさい……」



 師匠の気遣いのお陰でお母さんからの追い撃ちは、何とか免れた。



「その代わりにちょっとメイド服着てくれない?」



 ――が、教育上非常に宜しくない言葉が師匠から放たれた。



「師匠気持ち悪い……」

「私たち、あっちに帰るわ。今からなら洞窟探せば何とかなるし」

「白菜の教育にも悪いし、離婚しましょう」




「ちょっと待てぃ! ほんの冗談だからッ!!」


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