第8話 雪娘、街で新しい服を買う



 師匠の車で一時間掛けて遥々やって来たのは、双葉神社から最も近くにある街だ。

 本屋やスーパー、ファッションセンターはもちろん、レストランや家電量販店もある。

 田舎者からみれば、ハッキリ言って都会。大都会である。



「コンビニ見るの久しぶりね」

「そうだね」



 窓の外に見えるコンビニすらも懐かしく感じる俺とお母さん。もう二年もこの街に来ていないのだから、コンビニを見るのも二年ぶりだ。

 今日の目当てとなるのは、漫画本だ。

 俺だって元々はオタクだ。修行の日々のなかで少しぐらいオタク文化に触れたいと思っていた。

 そこで俺が目をつけたのが、おねだりすれば簡単に買って貰えるであろう漫画だ。


 前世では手に入らなかった廃盤の本を手に入れる絶好の機会。ここでその本を取り戻す!



「由紀ちゃんが欲しいのは、本で良いのか?」

「そうだけど、師匠が買うのは新しい着物だよ?」

「……ちょっと待て。着物っていくらだ?」



 そんなものは知らん。

 今着ている着物だってお母さんのお下がりだし、そろそろサイズが合わなくなり始めていて困っていたのだ。なので新しい着物が欲しい。

 師匠は何でも買ってくれると言った。なら俺が欲しいのは、新しい着物だ。


 ……洋服? そんなの選んだらミニスカート穿かされるだろ。そんな女装なんてして堪るか。こっちは貧乏なせいで、パンツすら穿いたことないんだぞ。

 違和感を持って着なくなるオチが見えている。それなら新しい着物を買って貰った方が良いと考えたのだ。


 そんなわけで脚を運んだのは、何故かファッションセンターだった。

 可愛い洋服に興味を持たせて、お高い着物から逃げよう作戦が見て取れる。

 そんな陳腐な作戦でこの俺が釣られるとでも思ったら大間違いだ!



「由紀、見て! これとか可愛くない!?」



 何の興味も示さない俺とは対称的に、お母さんのハートはガッチリと握りしめられていた。

 あまり洋服に触れる機会がなかったからなのだろうか。平然とフリフリのオンパレードみたいな服を持ってきた。

 ……どこが可愛いの? そんなのもはやニワトリだよ。お母さんの感性っておかしい。



「由紀はこれなんてどう? お母さん、由紀ならこういうのが好きだと思うんだけど……」



 そう言ってお母さんが掲げているのはメイド服。

 まあ、好きだけど!

 好きだけど、それはちょっと違くないッ!?

 俺は見る方専門だ。断じて着る側ではない。ちょっとあのメイド服で可愛い女の子にご奉仕されたいとか思ったことあるけど、自分がしたいわけではない。その辺を理解して欲しい。

 というか、なんでファッションセンターにメイド服が売ってるんだよ。値段は……八万!?


 詐欺じゃねぇか。こんなものに八万も出す奴が何処にいるんだ。

 そんなアホな奴がいるなら見てみたい。



「一括で」



 ウチのお母さんでした……。

 クレジットカードで決済するのヤメロ。

 っていうかそのクレカ、俺たちの生活費のヤツじゃなくない?



「こんなこともあろうかと、お父さんから預けられてるのよ。由紀を可愛く着飾るための軍資金ね」



 自慢気にクレカをヒラヒラさせながら言うお母さんに、俺は深く溜息をついた。

 着たくないモノを黙って買いに行って、それを着させようとするとか、マジでないわー……。


 ファッションセンターでの買い物は、それで終わった。

 結論から言えば、師匠の策略は何一つとして成功はしなかった。だが、その代償はあまりにも大きいメイド服という形で幕を閉じた。




 ◆




 続いてやって来たのは、本屋さんだ。師匠が新聞を漁り、お母さんたちは雑誌を手に取り、俺は伝説の廃盤本を求めていた。

 ……伝説って?



「ああ、これだ」



 この本が実在していたのかと感銘を受けた。

 ――前世で探しまくったのを覚えてる。

 結局手に入らないまま終わったんだよな。中古品が嫌いな俺は、断固として古本屋に行かなかった。

 電子書籍も考えなくはなかったが、やはり本というのは手元に欲しい。電子書籍で買うのは断念したのだ。


 全二巻。これが揃っているのを見ると、ちょっと嬉しくなる。



「お母さん、これ欲しい」

「可愛い絵柄ね。いくら?」

「一冊五百円!」



 少女漫画の良心的な価格設定に、お母さんも喜んで千円札を渡してくれた。

 これが普段買っている漫画やラノベの値段だったら渋っていたと思う。一冊で七百円近いし、なんなら超えてることだってあるし、本の価値をよく知らないお母さんから見れば、高いと感じてしまうだろう。


 ……何気に今世で始めてお金に触れたな。八年ぶりの野口英世を透かしてみるか。

 英世を空高く掲げると、中央付近に英世の肖像画が浮かんできた。



「これください」

「はいよ」



 本と一緒に千円札を店員のおじさんに渡すと、レジに打ち込んで会計を済ませた。



「これ釣りな。毎度あり」

「ありがとうございます」



 店員のおじさんから袋に入れた二冊の本とお釣りを受けとる。



「しっかし着物とは珍しいな。今どきお嬢ちゃんみたいな格好してる子、なかなか居ないぞ」

「お母さんとお揃いなのが大好きだから」

「そうかい」



 店員のおじさんとそれとない会話をしていると、お母さんたちが雑誌や新聞を買うのを決めたみたいで、レジへと持ってきた。

 店員のおじさんは、お母さんを見て「こりゃ随分な別嬪さんだな」と感銘を受けていた。


 本屋さんを出ると、そのまま着物が売っているお店へと脚を運んだ。

 師匠におねだりする絶好のチャンスである。



 ――――はずだった。



「すみません。お嬢さんぐらいになってしまうと、似合うサイズが無くて……」



 ……ま、まあ、無いなら仕方ないな。こんな田舎だし、子供用の着物なんて置いているわけないか。

 影でガッツポーズを取っている師匠がとても印象深かった。何かウザかったので、お母さんに似合う着物を買って貰うことにした。

 すると、お母さんと色違いの着物が欲しいと言い始めた白菜のお母さんが、新しい着物を取り出してきた。


 お値段はメイド服の二倍。それが二着。

 その金額を見た師匠はとほほとか言っていた。

 さすがにそれだけのお金を払わされるとなると、可哀想だなって思うけど、自業自得だな。


 っていうか何でこの人、お財布から三十六万とか出てくるんだ?


 それにはさすがに怖くなる。まずそれだけの持っていることもそうだけど、一体どこからそんな大金が出てくるのだろうか。普段働いてないし、稼いでいるようには見えない。闇金か?

 気になった俺は、直接訊いてみることにした。



「退魔統括協会っていうのがあってな、そこからお金が入ってくるんだ。これでも由紀ちゃんのお母さんと結構活躍してたからな。そこら辺のサラリーマンよりかは全然多いぞ」



 今はまるで働いてないのにな。十二月の妖魔樹の浄化以外、基本的に仕事ないじゃないか。

 毎日お母さんの料理を手伝っている俺の方がよっぽど働いてるぞ。

 ……あれ? ちょっと待って――――



「お母さんと一緒に退魔活動してたのに、お母さんはお金貰ってないの?」

「……あっ」



 お母さんの呆けた声が聞こえてきた。師匠はヤベッと小さく呟き、お母さんに謎の言い訳を始めた。だが、そんなことに聴く耳を持たないのがウチのお母さんである。



「住まわせてくれるんだし、特別に生活必需品で勘弁してあげるわ」

「ありがとうございます透花様ッ!」



 街中でお母さんにひれ伏した師匠。

 あまりにも滑稽なその姿は、その場を通行した警察官が話し掛けてくるまで酷いものだった。




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