第7話 お母さんは意外と可愛い
前世でも全く気付かなかったが、よくよく見てみると、床やタンス、ちゃぶ台などの家にあるありとあらゆる木製の物が腐っていた。
これではさすがに、この家で今年の冬は越せないだろうと判断したお母さんは、新しい家を作ることを決断した。
俺とお母さんは、新しい家を建設するべく、家の敷地内で、なるべく双葉神社に近い場所にある洞窟っぽい場所または洞窟になり得る場所を探すことになった。
一から家を作っていると、今年の冬までには間に合わないからだ。
「ねぇ、なんで白菜の家はダメなの?」
俺は、岩場の隙間を覗き込みながらお母さんに訊いた。
当然、家が使えないとなれば白菜の家に一年ほど住まわせて貰い、その間に建築する方法だってある。何ならこの土地を捨てて、白菜の家にそのまま住むことだって可能だ。
元々ウチの敷地じゃないし、誰の土地でもないから、こんな所で作物育てている方がおかしいのだ。
けど、警察は車で一時間も掛けてこんな何もない場所までわざわざ来ない。
だから、誰にも見つからないまま、年月が過ぎて行き、気付けば四十年という長い時間が過ぎていた。
「だって住みにくいじゃない? そんなお世話になるだなんて……それに、食料だって問題があるだろうし……」
「大丈夫だよ。食料ならこっちから持って行けば良いんだし、足りないなら狩れば良いんだから」
幸いにもここは山奥。食料となる動物は、腐るほどいる。鹿とか猪とか熊とか……
「冬は動物さんたちがみんな仲良くおねんねしてるから難しいんじゃない?」
「それならわたしたちが街まで行って買ってくれば良いじゃん」
何もそこまで不可能な話ではないし、割りと現実的な話だと思う。
……なんだか白菜の家に住むということが嫌そうに見えた。別に妖怪なんだから、他人の家に寄生するだなんて当たり前なことだ。
多くの妖怪はそうやって雨風を凌いでいる。隣のお婆ちゃん家を見て欲しい。他に住む家がないから、これでもかと思うぐらいにまで妖怪たちが寄生してるじゃないか。
「白菜の家、そんなにイヤ?」
「えっ……?」
必殺、上目遣い!
八歳児のこれを耐えることができる親が居るだろうか?
否ッ! そんな親は居ないッ!
「うぐっ……き、訊くだけね? 訊くだけ訊いてみるね? それでダメだったら諦めてね?」
お母さんは携帯電話を片手に高く掲げ、この田舎の上空にわずかに存在する電波を模索する。電話やメールをするのも一苦労なのが、田舎ならではの風習だ。
電話が繋がると、お母さんは現状を説明し始めた。
「ああ、うん。ありがとう……」
俺が視線を向けると、なんだか凄くバツの悪そうな顔をしていた。
――お母さんは白菜の家に住むのが嫌がるのだろうか?
そんな疑問も、俺はわずか十分もしないうちに悟った。
「あれれぇ~? おっかしぃーぞー? 透花はたしか十年前に『私、柊くんと結婚するから出ていく』って言ったよな~? なーんで戻って来ちゃってるのかなー?
あー、そっかー! その柊くんに逃げられちゃったのかー!」
なんだこの師匠。かつてないほどウザい。
こうなることがわかってたから、お母さんは嫌がっていたの……か……?
お母さんの方に視線を向けると、お母さんは涙目でフゥーフゥーと荒い息遣いをしながら師匠のことを睨んでいた。
「――――……ッ!!」
思った以上に「お父さんに逃げられた」という言葉は、お母さんに突き刺さっているようだった。
ちなみに
「別に都会に住めば良いのに、面倒なことしてるよな」
「雪女じゃあんな暑い場所、生活できるわけないじゃない!」
お母さんがポカポカという音を響かせて、師匠のことを叩いた。
白菜のお母さんが師匠のことを何やら冷たい目で見ていたけど、俺はそれを見なかったことにした。
……でもお母さんって、あんなに子供っぽい所あったんだね。こんなのちょっとニヤニヤするわ。
「おいおい、折角のお子さまの前でそんなことしてて良いのか?」
「――ハッ!」
我に返ったお母さんが俺の方を見てくる。
お母さんの視界に映ったのは、口元を手で隠し、ニヤニヤしている俺だっただろう。お母さんの顔はみるみると紅く紅潮し、耳まで真っ赤になっていた。
「ううっ……さいあく……っ! 由紀には隠してたのに!」
「メッキというのは剥がれるものさ。むしろお前の性格でよく八年も保てたなって感じだ」
お母さんを慰める師匠。それに加わるように白菜のお母さんも、お母さんの頭を撫でた。
もはや今までのお母さんの面影など何処にもない。ちょっと可哀想に思えたけど、それ以上に可愛いと思ってニヤニヤしてしまう。
ヤバい、ニヤニヤが止まらない。お父さんに対してはどんな感じだったのだろうか?
今すぐにでも電話で訊いてみたい。
ここには固定電話があるので、電話は容易い。今度お母さんの目を盗んで電話してみよう。
「由紀ちゃんはどこで寝る? 白菜の部屋? それともお母さんと一緒に向こうの部屋で寝る?」
白菜のお母さんに訊かれて、俺はここで寝ることを伝えた。白菜の部屋で寝ると、無性に逢いたくなるので、お母さんと寝ることにした。
夜に色々とからかってあげようかな?
「ふふっ、程々にしてあげてね。じゃあ布団を二つ敷いておくね」
「ありがとうございます」
白菜のお母さんにお礼を言って、恒例のお煎餅を手に取る。いつものようにボリボリとお煎餅を貪り、お茶を啜る。
田舎に住んでる上、遊び相手も居ないので、特にすることがない。なので老人と同等の生活を送っている。
「なら修行するか?」
「師匠の修行飽きた」
いつも物理だし、すること同じだし、八割ぐらい滝行だし、何も面白くない。修行ならお母さんとしてるから十分だ。
今となっては、天使の羽を催した氷すらも作ることができる。……こんな感じに。
「これは……スゴいな……」
「日々欠かさずに頑張ってるので」
俺の作った模造品をジッと見入る師匠。
何となく叩き折られる予感がしたので、溶かすことにした。
「チッ」
舌打ちすんな。二度も同じ手を喰らうと思うな。一度目なんて何十分も掛けて作ったというのに、その苦労も知らずに割りやがって。
あれほど泣いたのは、白菜との別れ以来だぞ。
「……師匠。そういえばあの時のこと、まだ許してなかったよね?」
「気のせいじゃないか? そもそもあの時のことってなんだ?」
おいおい、冗談が過ぎるぜオッサン。
俺はハッキリと覚えてるんだよ。ヒトの傑作をぶち壊しやがって。夏休みの自由研究を最終日にぶち壊された気分だったんだぞ。
「明日、街で色々と買って欲しいな~?」
「一つだけなら何でも買ってやろう」
――ん? いま何でも買ってくれるって?
言質は取ったからな? 子供相手だからって侮ったこと、後悔させてやるぞ。
「俺も一週間前の新聞を読むのは、もう辛かったしな」
そんな一週間前の新聞読むぐらいなら本を買えよ。小説とか買えば何度でも読み直せるし、時間も割けるから暇潰しには意外と良いぞ。
「……そういえばアナタ。私、まだ誕生日プレゼント貰ってなかったわね?」
「あ、ああ……そうだったな。じゃあそれも買いに行くか」
俺のとき以上に怯えた反応を見せる師匠。
――そんなに高いモノをねだられるのかな?
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