第6話 あれから二年、我が家では……



 白菜が都会へと行ってから二年が経った。


 最初の頃こそ、あまり元気が無かったものの、これだけ長い時間が経ってしまえば、たまに寂しいと思うこともあるが、馴れてしまう。

 前世ならば、俺は既にお母さんの元を離れて、都会で白菜と再開している筈なのだが、今世は俺が妖怪ということもあって、未だにこの村から出ていない。


 毎日お母さんから色んな社会事情を教わりながら修行を送る日々である。



「由紀。妖怪と巫女が一緒に戦うと言っても、巫女には妖怪の妖術を防ぐ手段は多くないの。巫女を守るのは、妖怪の役目なのよ」

「うん」



 俺は「何度も同じこと言わなくてもわかっているよ」と言わんばかりに強く頷いた。

 お母さんは、これが今日の修行だと言わんばかりに、妖術で手のひらサイズの雪だるまを作り出した。



「というわけで、お母さんがこの雪だるまを妖術で攻撃するから、由紀はその雪だるまを守りきりなさい」

「はい!」



 ルールは簡単。雪だるまが壊れたら俺の負け。五分間守りきれれば俺の勝ちだ。

 一見するとかなり平等なルールだが、実はそうでもない。この雪だるまを作ったのはお母さんであり、お母さんは雪や氷を自在に操れる。なので意図的に雪だるまを操作したり、溶かしたりすることができるのだ。

 俺も不可能ではないが、熟練者であるお母さんには遠く及ばない。妖術で雪だるま溶かされないようにすることで精一杯だろう。



「よーい、ドンッ!」



 お母さんの掛け声と同時に、氷柱が五本投げられ、俺は条件反射的に氷で二本の剣を作り、氷柱を弾き返した。

 十年前では何もできないまま、これで終了することも多かった。

 だが、俺はこの二年間で様々な修行をしてきた。これぐらい余裕で弾ける。



「剣ね……」



 氷で作られた剣は思った以上に脆い。今も五本の氷柱を二本の剣で弾き返しただけだというのに、ヒビ割れている。

 だが、咄嗟の対処法としては、不意をつけるので、悪くない。


 お母さんへと跳ね返した氷柱に、追い撃ちを掛けるようにヒビ割れた二本の剣を投げつける。そこに妖術を加えて速度の上昇。この氷柱を使ってのカウンターは赦さない。



「――――っ!」



 気が付いたら雪だるまが溶かされかけていた。慌てて妖術をかけ、雪だるまを再生する。

 ふぅ、危ない危ない……。



「そんなよそ見をしてる暇はないわよ」



 お母さんの声がする方に目をやると、そこには氷で作った弓を構えたお母さんの姿があった。俺は咄嗟に雪だるまを抱えて上空へと跳ぶ。

 跳んだ先には、氷で地面を作り、さらに上空へと跳べるようにする。某魔法少女アニメで見たこの技を、お母さんは知らない。

 だが弓を構えていたお母さんは、標準を上へと変え、氷で作った矢を撃ち放った。



「《錐形結晶》!」



 空気を急速に冷やして固め、錐形状の氷を作り出す。それを俺は、《錐形結晶》と名付けた――。

 錐形結晶の側面に正面から当たった矢は、錐形結晶の側面をなぞるように方向を曲げられ、遥か遠くに飛んで行った。


 矢が飛んで行くのを確認すると、俺は地上にいるお母さんに目掛けて、錐形結晶を蹴り落とした。



「思ってたよりも大きいのね。でも、その程度かしら?」



 錐形結晶は意図もあっさりと溶かされて、消え失せてしまった。

 俺もさすがに長時間上空に居ることはできないので、地上に降りる。




 ――そのときに気が付いた。

 先ほどまで抱えていた筈の雪だるまが、手元になかった。ふと周囲を探してみると、その雪だるまはお母さんの右手にあった。



「はいっ、残念♪」



 お母さんは、右手に握り拳を作るようにして雪だるまを握り潰した。

 お母さんの片手に入りきらなかった雪は、まるでパインが爆発したかのように吹き飛び、そこいらに落ちている雪と同化するように散らばった。


 もし子供の夢を壊す人がいるとするのなら、それはきっと、こういう人のことを言うのだろう。

 まさしく妖怪という名に恥じない行いであった。



 ◆




「これぐらいでやられるようじゃ、お母さんの足下にも及ばないわよ」



 妖力を使いすぎた俺は、お母さんに家の中へと引き込まれて膝枕をされていた。

 今までは一分程度しか守ることができなかったのにも関わらず、今回は二分近く雪だるまを守ることができたのだ。これだけでも大きな成長だと言えるだろう。



「とりあえず今後の目標はあの大きさの雪だるまを五分間守りきること。わかった?」

「はーい」



 当面の目標はそうなるだろう。それから徐々に時間を延ばして――――



「それが出来たら、今度はこっちの大きいのね」



 ドスンと、何か重たいモノが落ちる音が響くと同時に、床が抜けたようなバキッという軽い音が聞こえてきた。



「…………あっ」



 音のした方向を見ると、俺よりも少し大きいぐらいの雪だるまが床を粉砕していた。

 元々老朽化が進んでいた上、一度も修復していなかったので、多少仕方ない所もある。

 お母さんの行動をフォローするなら、俺やお母さんがあそこを踏まなくてよかったと言えることだろう。

 この畳も長年使い続けていたこともあって、ボロボロになっている。壁や屋根とかもそろそろ買い替えが必要な時期だろう。

 だが、我が家にはお金がない。

 ここはお母さんのためにも、俺が人肌脱ぐべきだ。



「お父さんってどれぐらい稼いでるの?」



 お父さんには悪いが、元々お父さんがフィギュアで無駄遣いしているのが原因だ。こちらが苦しい思いをしているのに、三十万のフィギュアを買っているだなんて許される訳がない。



「たしか二百四十万とか言ってたかしら? 

 お母さん、お金の価値観とかよくわからないから、どれぐらい稼げば良いかわからないのよね……」

「それって何年前の話?」



 師匠は二十年間巫女をして妖怪を祓っていたと自慢していたが、お母さんは二十年間だけど、妖怪退治をしていたこともあったと言っていた。

 妖怪と人間の時間感覚は違いすぎる。当時は月々二十万だったとしても、現在はどうかわからない。



「えっと……由紀が産まれる五年ぐらい前だったかしら?」



 お父さん、まだ就職一年目じゃないか。

 それから十三年も経ってるんだから、間違えなくお金稼いでるぞ。というかそもそも、今はどれぐらい貰っているんだ?



「月々三万よ」

「だから貧乏なんでしょ!」



 ちゃぶ台をバンッと叩くと、ボキッという何かが折れたような音が聴こえてきた。

 俺はおそるおそる、音がした方に視線を向けた。



 ――ちゃぶ台の脚が逝っていた。



「……ごめんなさい」

「い、いいのよ。もう四十年以上使ってたものだから……」



 お母さんは俺の頭を撫で、慰めてくれた。

 壊しといて何だけど、四十年も同じちゃぶ台を使うなよ。

 八歳児の台パンで折れるとか、絶対中身腐ってるだろ。



「でも、そうね。もうちょっとだけ貰えるか訊いてみるね」



 お母さんの交渉は見事に成功し、貰える金額は二倍になった。

 だいぶ余裕があるじゃんとか思ったけど、お母さんはそれで満足していたので、黙っていることにした。



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