第5話 白菜の旅立ち
年が明けて三ヶ月が経った。
時間の流れが早いとは思うが、それは仕方ない。初雪が降ってからというものの、ほぼ毎日が雪で、雪が降り積もっていた。なので思うようにバイクが動かせず、白菜の神社まで行くことができなかったのだ。
白菜の神社まで行くことができないとなると、テレビもゲーム機もないこの家では、できる事が格段に減る。
朝遅くまで眠り、除雪作業をして、昼食を食べ、お母さんと妖術の修行をして、夕食を作って食べ、屋内で軽く身体を動かして、お風呂に入って、早めに寝る。
概ねこれの繰り返しだ。
冬眠とまでは言わないが、一日の睡眠時間は十二時間を超えていた。なので特別取り上げるようなこともなかったのだ。
強いて言うなら、少しだけ妖術を応用できるようになったことぐらいだ。
そんなわけで冬が明けて春になった。雪も降らない訳ではないが、冬の間と比べて少なくなったし、除雪作業もかなり進んだのでバイクで神社まで行けるようになったのだ。
「由紀、久しぶり!」
「白菜も!」
白菜にギュッと抱きつく。別にロリコンというわけではない。これは女の子同士の一般的なスキンシップだ。小学生未満の女の子はみんなよくやってる……らしい。
田舎者なので真偽はわからないが、引きこもりのオタクだった頃にネットでそういう情報を見たことがある。
「外、大丈夫だった?」
「除雪したからね。まあ、なんとか大丈夫だったよ……」
まさかお母さんが雪上を時速百キロで走るとは思わなかったけど。カーブとか絶対死ぬって思った。無免の癖にテクニックだけは無駄にあるんだから、困ったものだ。
そのうち警察に捕まっても知らないぞ。警察なんてこの辺りで一回も見たことないけど。
「白菜は明日行っちゃうんだよね……?」
俺が訊くと、白菜はコクりと頷いた。
明日、お父さんが白菜を迎えに来る。こうして白菜に会えることも夏休みとかに白菜が帰って来ない限りは会うことが出来なくなるのだ。
「でも絶対戻ってくるから、由紀も元気にしててね」
白菜は俺を抱きしめて、頭を撫でた。同い年なのに頭一つ分の身長差があるために年下扱いされた。別に嫌ではないのだが、少しばかり「同い年なのに……」と思ってしまう。
今日は白菜のお別れパーティーをするためにわざわざ雪道を走ってやって来たのだ。本来ならまだ危ないかもしれないのだが、今日を逃すと出来なくなってしまうので、多少無理をしてでもやって来たのだ。
白菜に手を引かれて居間に移動する。居間にはいつも通り、師匠と白菜のお母さんがお茶を用意して座っていた。お母さんはそそくさと白菜のお母さんの正面に座り、母親同士の会話を始めた。
俺も白菜の膝上に座ると、テーブルの上に置いてある煎餅に手を伸ばして貪り始める。どこで買ったかは知らないが、この煎餅はとても美味しい。ここに来たら必ず二枚は食べる。
「……由紀? なんで私の上に?」
「だめ?」
「……由紀はなんやかんやで寂しいんだね」
否定はしない。唯一の同い年の子としばらく会えなくなるのだ。当然寂しいし、その分甘えていたいと思う。
俺は白菜に寄りかかって、煎餅を貪り尽くすと、後ろを向いてギュッとした。
「……っ!」
やはり白菜も寂しいようで、俺のことをギュッと抱いた。
まだパーティーは始まってもいないというのに、随分と展開が早いものだ。そういう感傷に浸るのは寝るときで良いだろうに……と、お母さんたちは思っただろう。
「二人とも、そろそろ外で遊んで来な」
「はーい」
師匠に言われ、俺と白菜は玄関でブーツを履いて外へと出た。
神社の外は除雪作業によって、雪が退かされていたものの、新しく降り積もった雪が僅かに残っていた。
女の子二人が雪遊びをすると言えば、やはりこれしかない。
「雪うさぎ!」
「それ豚じゃない?」
「うさぎだよ!」
雪で作られた丸い物体。
最初はリアルなウサギを作ろうとしたのか、四本の脚があるが、途中で疲れたのか、急激に丸くなった。うさぎを自称する生物の耳は上手く伸びず、三角形になっている。
……豚じゃん。これ尻尾つければ完全に雪豚だよ。
「雪うさぎっていうのはこう言うのだよ」
ある意味芸術かと思わせるような雪でできた戦車。その上に座る片目に眼帯をしていて、軍曹感溢れるうさぎ。
……某うさぎを注文するアニメで見たヤツをそのまま再現した。ここまで見事だと、ドヤ顔をしたくなる。
「うさぎは戦車に乗らないもん!」
「そうだね……」
俺も知ってる。
でもそれと同時に、本物のうさぎはこんな豚みたいな見た目してない思う。
仕方ない。ここは一回本物の雪うさぎを作るか。
「あと妖術禁止! つまんない!」
「はいはい……」
いつも以上に子供っぽい白菜を相手に、謎のお兄さん感を出しながら対応する。
だが、妖術が使えないと肝心な精密さが失われてしまう。仕方ない。ここは本物の雪うさぎというのを作ることにしよう。
「はい、完成」
楕円状に白く丸めた雪を作り、葉っぱと赤い実を使って飾り付けをし、古典的な雪像を作る。それを繰り返して、大家族のように雪うさぎの子供を量産した。
丸っこくて小さい雪うさぎは、白菜がとても喜んでいた。
それから夕食では、珍しくお肉料理に加えて、ケーキという大変豪華な夕食だった。
だがその肉の味は、豚でも牛でも羊でもなかった。あとで何の肉かをお母さんに訊いてみたら、熊と猪って言われた。前世も含めて熊と猪のお肉なんて初めて食べた。
そして夕食も食べ終えた後、俺と白菜は一緒にお風呂に入り、白菜の部屋にあるベッドで横になった。
「ベッドって違和感ある……」
「由紀は布団だもんね。お母さんに言って敷いて貰う?」
「ううん、大丈夫」
今日ぐらいは白菜と同じベッドで寝たい。俺も白菜も子供だから、そこまで狭くない。
ちなみに前世では、ベッドで寝たのは中学と高校の修学旅行だけだ。片手で数えられるぐらいでしかベッドで寝ていない。なのでベッドというのは非常に違和感がある。
「初めてだよね。由紀とこうして寝るのは」
「うん……」
白菜の部屋で寝ることは何度かあったのだが、毎回布団を敷いて貰っていた。理由はさっき言った通り、ベッドでは落ち着かないからだ。……いや、それは理由の一つでしかない。正確には俺が白菜と同じベッドで寝るのを嫌がったからだ。
前世でもこうして同じ部屋で寝ることがあったのだが、白菜は、これでもかと思うぐらいにまで寝相が悪いのだ。だから俺は、白菜と一緒に寝ることを嫌がったのだ。
「おやすみ、由紀」
「うん。おやすみ」
こうして俺と白菜は、意識を手放し、深い暗闇の底へと落ちて行った。
◆
――翌朝。
俺たちは朝早くに起きて、車とバイクで小一時間ほどかけて神社から一番近い駅にたどり着いた。
「じゃあ、元気でね。由紀」
「うん、白菜もね」
別れを告げようとしても、上手く言葉が出てこない。そこまで伝えるようなこともないけど、何か……あっ、そうだ!
俺は、首元に巻いていたマフラーを脱いで、白菜に差し出す。
「これ、持って行ってよ」
「ありがとう、大切にするね!」
白菜は、俺が渡したマフラーを身に付ける。
ちょうどそのタイミングで電車が到着し、お父さんがやって来た。
電車が発車する前に白菜はお父さんに手を掴まれて引き込まれ、まるで女児誘拐を目の前で目撃しているような絵面だった。
そこからはあっという間に電車が発車してしまい、俺はただ手を振って見送ることしかできなかった。
「……これでよかったの?」
「うん。よかったよ……」
お母さんに訊かれ、俺は大丈夫だと答えた。
だが次の瞬間、一滴の涙が頬を伝った。
「……あれ?」
お母さんが心配するように俺の顔を覗く。
「あはは……やっぱり嘘……」
やっぱり隠し通せるほど、俺も大人じゃないよな……
「ううっ……全然よくないよ……」
俺は、今までで一番強く、想いを乗せて、お母さんに泣きすがった。
白菜を見送った裏で、まさかそんなことが起きてるとは、白菜は思いも寄らないだろう。
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