第4話 師匠は老眼
雪山に登山へとやって来た俺たちは、疲弊した大人たちを休憩時間で回復させて再び歩き出した。
そこからはあっさりと目的地にたどり着き、細い道が開けた。
「やっと着いた……」
細い道が開けたその先にあるのは小さな丘。そこには一切の植物が生えておらず、一番遠くにとても大きくて白い輝きを放つ不思議な木がポツンと一本だけあった。
その不思議な木こそがお母さんの言う「山の神様」なのだ。そんな不思議な木だが、実は前世では見ることができなかった。
普通の人間には見えない存在だから「山の神様」と言われているのだろう。恐らく巫女の血筋を持っていない白菜のお母さんには見えてないだろう。
「うぬぬ……」
師匠の唸るような声が聴こえて俺は師匠の方に視線を向ける。
なんか師匠がめっちゃ目を凝らしていた。おそらく見えなくはないんだけど、歳を重ねたことで見えなく成りつつあるという感じだろうか?
「「「「なんだ、老眼か」」」」
不思議なことに四人の女性の声がハモった。そのハモった声は山奥という特殊な環境下であったからか、全ての声が他の声を打ち消して混ざり合い、師匠の耳にはまるで一人の女性が喋ったかのように聞こえた。
「おい、誰だ今老眼とか言った奴は」
師匠がこちらを睨むと、全員が手で口元を隠して視線を逸らした。当たり前だ。
この場にいる全員が黒なのだから。
そんな中、師匠は誰が言ったのかを推理する。完全に無駄と言わんばかりのその行動は、余計に師匠の頭を混乱させた。
「由紀ちゃんか? いや、もっと大人びていたような……だが白菜のような気も……」
誰でも良いからさっさと一人に絞れ。ハズレのないくじ引きなんだから……というかジジイなら黙って見逃すか笑い飛ばせよ。眼に誇りを持ち過ぎだろ。
結局誰が犯人かわからないから、名乗り出るように言った師匠。そんなことで名乗り出るような奴はここには居ない。
そして、流れるようにお母さんが両手を叩いた。
「さっ、日が暮れる前に終わらせましょ」
「そ、そうね」
「早く帰ろー」
「お腹すいたー」
話の話題を逸らすべく、お母さんたちが違う話をしようとする。一方で俺と白菜は年相応にも空気を読まず己の欲望を晒け出した。
年に一度、初雪の日に現れるあの不思議な木は、放置していると徐々に山の栄養分を吸い始めて他の植物を枯らすのだ。その結果として山の神様が怒り、大変なことになるらしい。
なので今回の目的はあの木を消すことだ。
だが、毎回そう簡単には行かない。あの木は【妖魔樹】と言われており、妖怪たちが好む果実を作っているのだ。そうなると妖怪たちはその木を切り倒すことを嫌がるようになる。
だから、俺たちが来ると、決まって邪魔をしようとするのだ。
かく言う、俺やお母さんもその果実が大好きだ。
甘くて爽やかで洋梨の完全上位互換みたいな味で、他の妖怪に渡すのも勿体無いと思うぐらいだ。
白菜たちにも一口だけ食べさせてやったが、何か不味そうにしてたからもう二度とやらない。
どうやら人間に取ってはかなり不味い食べ物のようだ。
こんなに美味しいものが食べられないとは、人間とはつくづく残念な生物だな。
そうこうしている内に近くに居た妖怪たちが【妖魔樹】を守るために集まってきた。
「さて、ギャラリーが賑わって来たわよ」
「さっさと片付けるか。白菜、由紀ちゃん。そこでしっかり見ておけよ」
お母さんと師匠は収穫をするために、妖怪たちの群れへと目掛けて走り出した。お母さんは師匠が巫女全盛期だったときのパートナーらしい。師匠のあのオッサン的肉体が巫女服を着ていたと考えるとそれはかなり気持ち悪いが、俺と白菜の関係はここにあったのだ。
――しかし、師匠はどうやって妖怪を退治するのだろうか。
「退魔パンチ!」
…………うわぁ。
さすがに引いた。そのネーミングセンスに。
師匠は何か武器を持った修行をさせてくれたことがなかったから、何となくそんな気はしていた。なので拳による物理攻撃はともかくとしても、そのネーミングセンスだけはないと思った。
というかこれって俺と白菜は妖怪が見えるからまだマシな光景なんだけど、妖怪が見えない白菜のお母さんはどう思うのだろうか。
「退魔キック!」
ちなみに俺とお母さんは妖怪だが、その姿は一般人にも見せることができる。
いや、俺の場合は見えてしまっている。まだ未熟なもので、その辺を上手く扱えていないのだ。
それから僅か数分で妖怪たちは蹴散らされた。お母さんが急いで果実を収穫すると、師匠が妖魔樹を殴り倒して浄化した。
「由紀、今年は大漁よ!」
「やった!」
お母さんの背負っている篭にはいつもの倍近くの果実が入っていた。恐らく吹雪の量と関係しているのだろう。
俺たちはそのまま撤退するべく、帰路についた。猛吹雪での山の下り方。これは到って簡単だ。
「みんな、これに乗って」
お母さんは氷でできた
氷を操ることができるお母さんにとって、雪車の操作なんてお茶の子さいさいだ。コースアウトするようなこともなく坂を下り、僅か三十秒で車の止めてある場所まで戻ってきた。
「マズいな……」
師匠の呟く声が聴こえ、お母さんがそれに頷いた。
何かと思えば、雪が積もり過ぎていたのだ。このままでは間違えなくスリップしてしまうと判断したらしい。
「由紀、あなたが雪を退けなさい」
「えっ?」
お母さんがいきなり何を言うのかと思って首を傾げるが、お母さんは自信満々にやりなさいと言ってくる。だが、俺にできるのだろうか? 少しずつ不安になってくる。
「大丈夫よ。お母さんとの修行を思い出すのよ」
二年前から始まった師匠とは異なるお母さんとの修行。そこで俺は妖怪についての実態や妖力、妖術の扱い方について色々と学んできた。
そして妖力を操ることができるようになり、『壁すり抜け』を成功させた。お母さんは確信してるのだ。俺がこの場で力を発揮できると。
――なら、前世で引きこもりになってしまった償いを今果たすべきだ。
「うん、やってみる……!」
よし、まずは集中だ。
自分の内側にある妖力を引き出すように触れてこの力をどうしたいのかを考える。……俺は、この雪を退かしたい。
そう願うと、頭の中に俺ではない誰かの、機械のような声が響いた。
――ならば、それをするにはこの雪をどうする?
溶かすか、崖下に落とす。
――溶かして問題ないか?
溶けた水が再び凍って車が滑る可能性がある。
――崖下に落としても問題ないか?
帰りの通路ではないし、下にヒトがいる確率は人口から考えてゼロに等しい。
――最後。どうやって崖下に落とす?
除雪機のように壁を作ってゴリ押す。
……――承認。色々大変だろうけど、ガンバ。
なんか語彙力が皆無な言葉が聞こえてきた。
すると、俺の内側にある妖力が急激に沸き上がってきた。それは今までにない感覚で身体が温かく感じる。
「由紀、髪が……」
白菜がポツリと呟く。自分の髪に視線を向けると、日本人らしい黒髪が徐々に雪のように蒼白く変化していた。
けれど、これはそこまで気にすることではない。お母さんの髪も俺と同じように蒼白い色をしているので、遺伝的なものである。
この外に溢れだす妖気を限界まで絞って妖力を温存する。
妖力は体外に出ると妖気に変化する特性がある。体外に出た妖気は妖怪が『妖術』という固有能力を使う際に干渉するエネルギーで、妖気が多ければ多いほど、威力が上昇する。
俺の身体から十分に漏れ出した妖気を使って『氷の壁』をイメージすると、氷の壁が出来上がった。
「ええいっ!」
ゴリ押すように氷の壁を動かして、雪を崖下に落とす。
積もっていた雪が道を塞ぐことはなくなり、車やバイクでも通行できるほどの道のりになった。
俺は、自分が妖術を使えるようになった感動と大雑把な妖術を使った反動で手が震え、立っていることができず、ペタリと座り込んでしまった――――。
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