第3話 雪山を歩こう。俺は雪娘だから全然大丈夫!



 ――季節は流れて十二月。


 家の外で初雪を眺めながら、お母さんが身仕度を終えるのを待つ。季節も冬ということで、俺もいつも着ている着物の上に羽織りを着て冬場感をアピールしている。

 別に羽織りは着なくても良いのだが、お母さんがまだ体温調整ができないからダメだと言うのだ。



「由紀、行くよー!」

「はーい」



 フルフェイスヘルメットを被ったお母さんがバイクを押してやって来た。

 するとお母さんはフルフェイスヘルメットを俺に被せて、後部座席に座らせた。今日は理由ワケあってサイドカーを取り外しているのだ。



「フルフェイスヘルメット……」

「覚えたての言葉をそんなに連呼するんじゃないの」



 うぐっ……。

 だって響きがカッコいいから仕方ないじゃん。それに、こういう言葉って何度も言いたくなるだろ?

 お母さんはタイヤ交換を済ませ、雪の中でも走れるようになったバイクのエンジンを掛ける。



「飛ばすからしっかり掴まってね」



 お母さんはクラッチを切ってアクセルを捻り、バイクを発進させた。

 こんなに容易くマニュアルのバイクを動かすお母さんだが、実は無免である。「妖怪だから犯罪じゃありません」という警察相手には絶対に通じない理論を用いて運転をしている。

 ただいまの時速はおよそ百キロを超えているが、この道路はまでだ。無免でも基礎的な標識ぐらい守って欲しい。


 バイクで僅かに積もった雪を吹き飛ばすこと五分。白菜の家である双葉神社へとたどり着いた。



「師匠、おはようございます」

「おはよう、じゃあ行こうか。二人とも、由紀ちゃん来たから行くぞー」



 屋内から白菜と白菜のお母さんの声が聴こえてくる。

 今日は初雪なので山頂までが行かなければならないのだ。


 前世では妖怪のこととか全く知らなかったから、「山頂まで御詣りに行かないと山神様が怒って畑がダメになる」とお母さんが騒いでいてもそこまで実感は湧かなかったし、半信半疑だった。

 でも、雪娘になった今だからこそその言葉を信じることができる。恐らく本当に居るんだ。雪女のお母さんでも敵わないぐらい強い妖怪が……。



「白菜、おはよう」



 俺が挨拶をすると、白菜は玄関で靴を履く。

 白菜の服装は、いつも見馴れた巫女服や修行のときに着ている行衣ではなく、モコモコなコートに耳当てとマフラーと手袋。考え得る限り全ての防具を身に付けていた。随分と温かそうだ。



「おはよう由紀、早く行こっ!」



 白菜は俺の手を引いて玄関を飛び出す。

 辺りは一面の銀世界……とは言い難いものの、所々に雪が積もって白くなり始めていた。むやみやたらに走っていると転んで危ないかもしれない。

 先に神社を出た俺と白菜は、お母さんの待つ駐車場で適当にお喋りをしていた。


 いくら白菜が奇襲攻撃を仕掛けたり、修行中に背後から攻撃してきたりするからと言っても、そこまで仲が悪いわけではない。

 互いに唯一の幼馴染みであり、良き友人だ。田舎で他に友人となり得る存在はいないし、親同士も仲が良い。白菜のリア充要素はちょっと嫌だけど、心の底から嫌いになることはない。

 白菜とお喋りしながら待っていると、白菜のお母さんと師匠がやって来た。



「由紀ちゃんはどうする? 車に乗る?」



 師匠が運転する車は四人乗りなので、あと一人乗ることができる。そこで白菜のお母さんが誘ってくれた。



「ううん。こっちで平気」



 俺が誘いを断ると、白菜は少し残念そうな顔をしていた。

 だが、これから登るのは山だ。

 雪が積もり始めていることを考えると、あまり大人数で車に乗るのはスリップの原因にもなる。なので俺は誘いを断ることにした。



「由紀、山道だけど大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ」

「手は離さないようにね」

「はーい」



 着物を着ているのにも関わらず、全く動ぜずバイクに跨がる親子。そんなことをしても大丈夫なのか……。


 ――その答えは、「問題ない」だ。

 俺は最近『壁すり抜け』という技術を習得した。これを使って下半身が着物だけをすり抜けるようにしたのだ。



「じゃあ先導するから」

「ええ、わかったわ」

「由紀、しっかり掴まっててね」



 お母さんがクラッチを切ってバイクを走らせる。師匠は俺たちを追うように車を走らせた。

 坂を登りながら神社の周りを半周して裏側を抜けて行く。

 しばらくはアスファルトの道路を走り、スムーズに通る。だが、そんなアスファルトも束の間。標高が高くなってきたこともあってアスファルトは見えなくなり、砂利道に変わった。

 この辺りは標高が高いこともあり、夏でも雪が降ることも少なくない。そもそも人なんてあまり通らないから、道路の整備が難しいのだ。


 そして、ある場所を境目に雪は少しずつ激しくなり、吹雪へと変化してきた。ちょうど良い感じに車でもUターンできる広さのある場所に着いたので、お母さんは自動車をここに置いて行くことを決断した。



「由紀、ヘルメットは被ってなさい」



 フルフェイスヘルメットを脱ごうとすると、お母さんに止められた。吹雪が激しいので、雪が目に入らないようにするらしい。

 白菜たちも車から降りてくると、ニット帽とゴーグルのようなモノを装着していた。



「由紀、寒くない?」

「少し寒いかも」



 気にする程ではないが、生まれて初めて寒いと感じた。例年と比べて吹雪も強いし、今年は余程の異常気象なのだろう。そう考えると白菜たちは大丈夫だろうか?



「由紀……ばんざーい!」



 お母さんに言われて咄嗟に両手を挙げる。

 つい反射的に挙げてしまったが、その隙に何やら縄のようなもので胴体を結ばれた。視線を動かすと、白菜の方も同じように縄のようなもので結ばれていた。

 俺の縄が繋がっている場所を見れば、見事なまでにお母さんの手に握られていた。



「はぐれたら危ないからね。苦しいかもしれないけど、我慢してね」

「はーい」



 はぐれないようにするには素晴らしい方法だ。だが、もし誰かが足を踏み外して落下すれば、他の全員が道連れになることは必然。一蓮托生というヤツだ。

 そして準備が整った所で、俺たちは雪道を歩き出す。俺とお母さんはサクサク進むのだが、白菜を含めた人間組が吹雪に圧されて遅くなっている。少し歩くとあっという間に距離が開いて縄が突っ掛かる。



「白菜ちゃん抱えて行くね」

「ああ、すまん。助かる」



 お母さんが疲れきった白菜を抱えて歩き出す。さすがに六歳児の身体では、この吹雪はキツいのだろう。

 それから大体五分ぐらい経った頃だろうか。道が細くなって吹雪が止んだのだ。



「ここまで来ればもう大丈夫よ」

「オバサン、ありがとうございました」

「ヴッ!」



 白菜の悪気ない言葉がお母さんの心臓にぶっ刺さった。

 おい白菜。運んで貰っておいてそれはないだろ。お母さんはまだ二百年しか生きてない自称若者なんだぞ。……何が基準かはさっぱりわからないけど。



「ゼェゼェ……」



 視点を変えて師匠の方に目をやると、師匠はその場に両手をついて崩れていた。白菜の母も同様である。もし俺が無邪気な子供だったら、この二人に馬乗りになっていただろう。



「お母さん、少し休憩したい」



 身体的疲労をした二人の大人と精神的ダメージを受けた一人のオバサンを癒すべく、俺は休憩を提案した。



「そう、ね……」

「ああ……」

「…………」



 大人全員が虫の息だった――――。



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