第2話 白菜はリア充チート持ち
「由紀はズルいと思う!」
修行を終えて、温かいお風呂に浸かって身体中からポカポカしてるよ感を放っている白菜が、居間でお煎餅を貪っている俺に向かって何かほざいた。
俺は、温かいお茶が入った湯飲みを手に取って一口啜り、ぷはっと息を吐く。
「急にどうしたの?」
「だって私より体力あるし、強いし、冬場の滝行だって何も動じないじゃん。ズルい!」
俺は妖怪であり、白菜は人間だ。
人間には人間の強みがあるし、妖怪には妖怪の強みがある。
現に俺は、中学高校と成績が下の下……というか地中だったし、大学にはどこも受からなかった。
そして腐るようにオタク系自宅警備員へとジョブチェンジして、その生涯を終えている。
それに対して白菜は、成績優秀スポーツ万能可愛くて男にモテて女受けも良い。まさに高嶺の花という感じだ。おまけに一度読んだだけで全てを暗記している圧倒的なまでの記憶力。
そんな彼女を間近で見てきた俺だからこそ、言えることがある。
「ズルいのは白菜の方だと思う」
俺は頬っぺたを脹らませ、拗ねるように言った。
そんな俺の様子をポカンとした顔で見る白菜と、「あらあら、うふふっ」と微笑ましい感じで見る二人のお母さん。それと、お茶を啜りながら三日前の新聞を読み耽っている師匠。
……師匠。いくらここが最寄りの駅やコンビニがある街まで一時間掛かるようなクソ雑魚ド田舎だと言っても、そんな三日前の新聞じゃ何もできないだろ。
――と、ここでようやく白菜が口を開いた。
「私のどこがズルいの?」
「…………」
来年の新学期に俺のお父さんと一緒に都会に行って、都会の小学校、中学校、高校と、色んな男女たちにちやほやされながら暗記チート使ってテストと日常を無双する所がズルい。……とは言えないか。
俺が回答に悩んでいると、お母さんは俺を膝の上に座らせ、俺の頭を撫でながら白菜に告げた。
「由紀にも思うことがあるのよ。どうせまたお父さんのことでしょ?」
どうやらお母さんは、「俺が白菜にお父さんを取られたくないと嫉妬している」という誤解を脳内で創造したらしい。
確かにお母さんと二人っきりのときに「お父さんいつ帰ってくるの?」と訊くことも多いし、白菜がお父さんに懐いている所をよく見るが、別にそこまで好きというわけではない。
お父さんは、都会で仕事をしているので、こっちに来ることは滅多にない。
それに、お父さんが帰省する時は決まって何処か旅行に行くので、それが楽しみなのだ。断じて俺がファザコンというわけではない。俺は首を横に振った。
「違うの?」
「……都会」
俺がポツリと呟くと、大人三人がピクリと動いた。
――そう、この三人は白菜が都会の小学校に通うということを最後まで黙っていたのだ。
田舎といえば、人口が少ない過疎化の進んだ場所。
そんな田舎者にとって、人が多くいる都会は、憧れの存在である。
お母さんたちは、きっと騒がしいことになるだろうと思ったのだろう。
前世の俺なら間違えなく騒いだだろうが、今は違う。俺は、既に都会が腐ってることを知ってしまっている。だから今世の俺の感想は、「都会、こわい」である。
行きたいわけではないが、そこで白菜がリア充を決めるのが嫌なのだ。
どうかこのまま一生田舎に居て、その生涯を終えて欲しい。
……言葉にしてみると我ながらゲスい考えしてるな。
「ゆ、由紀? と、都会がどうしたの……?」
突然のことに動揺を隠せないお母さん。
白菜にも言われないようにと、念には念を練った計画だった。どこでそんな情報を仕入れたのか、彼らにはわからなかった。
「わたし、白菜とずっと一緒?」
「うっ……」
間違えなくお母さんは悩んだ。
本当のことを伝えて楽になってしまうか。それとも嘘をついてその場を鎮めるか。
ここでお母さんが出した答えは――――
「あっ! あそこにUFO!」
肯定も否定もせずに誤魔化した。白菜の両親は「あちゃー」と言わんばかりに額に手を当て、溜息を吐き捨てた。
さすがにそんな子供騙しに引っ掛かるヤツはいないだろう。
「えっ! どこどこ!?」
――目と鼻の先にいた。
いや、まあ、まだ六歳児だし引っ掛からなくはないか……?
ちなみにだが、この頃UFOを取り扱う番組は極めて稀で、我が家にはテレビがない。前世の知識が無ければ、俺はUFOという概念を知らなかっただろう。
つまり、俺に前世の記憶があろうと無かろうと結果は変わらないのだ。
「お母さん……」
「今のはちょっとないわねー」
「そうだな」
俺だけでなく、白菜の両親からも冷たい視線がお母さんに向けられる。お母さんは、首を傾げたが少し経って気がついたのか、「あっ」という声をあげた。
師匠がそれに見飽きたのか、深く溜息を吐いて口を紡いだ。
「由紀ちゃんの思ってる通り、来年の春に白菜は都会に行く。だが知っての通り、ここは田舎だ。白菜は俺たち以外の人間を知らない。だから勉強のために行くんだ。人間を知るために、たくさん人間がいる都会にな」
「だったら――」
どうして俺が行ってはいけないのか、そう訊こうとした。
――が、今度はお母さんが口を紡いだ。
「由紀、ウチにも事情があるのよ」
「どんな?」
お母さんは、何も言わずに悲しい顔をしながら、左手を広げて親指と人差し指の間に丸い円ができるように繋いだ。
――ちゃりーんっと、お賽銭箱にお金が入る音が聴こえてきた。近所のお婆さんが御詣りに来たのだろう。
「金かよ……」
都会は物価が高いし、農地は少ないので、食料にもお金が掛かる。
いくらお父さんが仕事で稼いでいると言っても、こんなド田舎にあんな広い土地を持っていればお金も貯まらないのだろう。年に一度か二度、旅行に行くのが限界ぐらいになるまでは――。
……でも確かお父さんの家って、かなりの数のフィギュアが置いてあったような……何も知らないお母さんの前だ。あまり触れないでおこう。
「そんなわけで由紀が都会に住むことはできないのよ」
お母さんは、ごめんねと告げて俺の頭を撫でる。
「お父さんがもっとお金を稼いでいればね……」
っと、呟くお母さんに、
「お父さんならこの前五十万のフィギュア買って自慢してたよ」
――とは言えない。夫婦関係が悪化する。
お母さんは普段は温厚なのだが、怒るとめちゃくちゃ怖い。それこそ東京ぐらい簡単に吹き飛ばすだろう。俺は、東京都民を守るために、時が来るまでこの事実を隠しておくことにした。
「それに、東京に行っても白菜ちゃんとはずっと一緒に居られないわよ?」
「えっ?」
俺は一瞬だけポカンとした。
どういうことか訊こうとしたが、その言葉が口から出てくることはなかった。
お母さんはそのまま口をぱくぱくさせているだけの俺に説明を続けた。
「人間は学校っていうのに通わないといけないの。それも15年以上……人生の五分の一も掛けて勉強するの。でも由紀は妖怪だから学校には通わないで、お母さんと一緒に色んなことを学ぶのよ。
――白菜ちゃんは人間で、由紀は妖怪。そこは間違えちゃダメ。わかった?」
「うん……」
――えっ? 俺、学校行かなくて良いの?
お母さんの言葉を聞くと同時に、そんなことを思った。
前世で学校というものがつまらない場所であるということは、身に染みてわかっている。
白菜が都会に行くのは解せないけど、陰キャである俺が学校に行くことはもっと解せない。
今この瞬間は、妖怪で良かったかもしれないと思えた。
「うんうん、由紀はいい子ね」
お母さんは俺を抱きしめて、頭を撫でた。
こうして俺は、再び白菜の旅立ちを見送ることになってしまったのだった――――。
「由紀、違うでしょ。野菜を切るときはネコちゃんの手よ」
「もう、料理なんてやらなくて良いじゃん!」
「ダメよ。由紀は妖怪であると同時に女の子でもあるんだから」
ぐぬぬぬぬぬっ……
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