第14話 このおばあちゃん、実はスゴい人……?
「……ここは?」
目を覚まして辺りを見渡す。まだ日は登っていないようだが、空が明るくなり始めているのが見えた。
あれ? 寝ちゃってたのか?
いつの間に……?
「たあっ! せいっ!」
外から女の子の声がする。
起き上がって窓を覗くと、庭で行衣を着たみこが汗だくになって木刀を振るっていた。
もう十一月の後半だと言うのに、人間の身でよくそんな格好できるな。お前は白菜か。
俺は、布団から起き上がって縁側の方に歩み寄る。
「あっ、ゆきちゃん! おはよう!」
「おはよう。朝からそんな格好で、寒くないの?」
「そう言うゆきちゃんだって寒くないの?」
「わたしは雪娘だし、この程度の気温なら大丈夫だよ」
「いいなぁ~。あたしなんかちょー寒い」
みこは、身震いをさせて寒いことを強調してする。
なら早く厚着しろよ。身体冷やすぞ。
「でもおばあちゃんが修行するときはこの格好しないとダメだってうるさいんだよね。ゆきちゃん羨ましいな。あたしも雪娘だったら良かったのに……」
「冬は良いけど、夏はたまに身体が溶けるよ」
「うへぇ……それはやだなぁ……」
みこは、「やっぱり人間でいいや」と付け加えると、再び木刀を振り始めた。
普段は妖気の量を無意識に調節しているので、溶けることはあり得ない。だが、妖術を使うと、周囲にある妖気が減るので、若干身体が溶けることがある。
冷やせばすぐに元に戻るけど、心臓に悪い。
「ゆきちゃんってお風呂とか入れるの?」
「入れるよ」
五分ぐらいで逆上せるけどな。
おおよそ五分で逆上せ始めて、十分で意識を失い、十五分で溶け始める。二十分経てば、そこにはお湯に溶けた身体しか残ってない。
溶けてる間は、意識を失ってるので、どうなっているのかはわからない。
お母さん曰く、「妖気を感じる程度で、普通の人間では気付かない」とのこと。
それに付け加えて、「もし気付かなかったら、そのまま下水道に流されていた」とも言われ、スゴく怒られたの覚えている。
そのことをみこに伝えると、みこは「雪娘って大変なんだねー」と他人事のように言っていた。
まあ、実際に他人事なんだろうけど。
「そうだ。折角なんだし、ゆきちゃんも振っていく?」
そんな「お茶飲んで行く?」のノリで言われても困るのだが……。
――まあ、白菜が居なくなってからあまり振るってなかった気もするし、たまには振ってみよう。
俺は、みこに頷いて木刀を受け取ると、縁側に置いてあった下駄を履いて、庭に降り立つ。
「ゆきちゃんって結構筋がいいね」
「これでも少し前までは、修行仲間と振ってたからね」
「へぇ~。じゃあ、ゆきちゃんってお師匠さんいるの?」
「まあね。あまり頼りがいのない一日中グータラな師匠だけど」
それから俺とみこは、木刀を振りながら、修行のことや田舎のことで色んなことを話した。
みこと話していて、俺と同じことを思うのが多いのか、意外と馬が合った。
特に師匠とみこの祖母が滝行八割という共通した思念を持っていることについて、大盛り上がりだった。
朝日が昇って少し経つと、みこが朝食を作るから切り上げようと言った。
なので俺は、みこと一緒に素振りをやめてシャワーで汗を流すことにした。
◆
シャワーを浴びると、朝食の準備に取りかかる。みこの祖母が魚を焼き、みこが味噌汁を作っていたので、俺はお米を炊くことにした。
みこの祖母は、「やらなくても大丈夫だっぺよ」と言ってくれたが、こんな見ず知らずの妖怪を泊めてくれたのだ。これぐらいやるのは当たり前だ。
「ゆきちゃんありがとう。ウチって炊飯器ないからご飯炊くの大変なんだ。だからいつも抜いちゃうんだよね」
「なら、珍しい朝食をゆっくりと噛み締めて食べなよ。……硬いかもしれないから」
「あははっ……」
俺は、手馴れた動きでお米を研いで、水に浸ける。そしたらコンロを使ってご飯が炊けるのを待つ。
……コンロ使うとすることがないな。
実家暮らしの時は、コンロもなかったから、縦笛みたいなので火を扇いだり、薪を足したりと色々やることがあった。
だが、こうも自動でやってくれるとなると、本格的にやることがない。
「そっち手伝おうか?」
「だいじょーぶ! ゆきちゃんはあっちで待ってて」
「うん……」
結局、する事がなくなってしまえば、狭い台所に三人も居る意味も無い。
俺は、居間に座って朝食が出来上がるまで待つことにしたのだった――――。
◆
食卓に並ぶのは、白米と焼魚と味噌汁。まさしく和を重んじる一般的な朝食だ。
「ご飯があるだけで見栄えが随分ちがうねー。おばあちゃん、明日から朝もご飯炊こうよ」
「そんな二人前のためだけに、わざわざ苦労して作る必要もないっぺ。ガス代が勿体ないっぺ」
「……けちっ」
◆
朝食を食べ終え、食器を片付けると、外から軽自動車とバイクの音が聴こえてきた。
そんなまさかと思って玄関を飛び出す。
そこには見覚えのある軽自動車とバイクが停まっていて、俺は目を見開いた。
「迎えが来たっぺな」
どういうことか、理解が追い付かない。
みこの祖母を見るが、それよりも先に俺の視点が急激に高くなった。
――そう、バイクを降りたお母さんが俺のことを抱き上げたのだ。
「由紀……よかった……」
「お母さん、ごめんなさい。わたし……」
「ううん、由紀は悪くないわ。由紀から目を離してたお母さんが悪かったの。ごめんね、由紀……」
お母さんは、俺のことを抱きしめ、優しく何度も頭を撫でてくる。
――このとき、俺はお母さんが過保護になることを確信した。
お母さんは凄く嬉しそうにしているが、俺から見れば離れていた期間はそこまで長くないし、ほとんど寝ていたので、あまり実感がなかったりする。
「ウチの由紀をありがとうございました」
「お礼なら、みこに言うっぺ。みこが拾ってきて言い出したっぺよ」
「そうでしたか……みこちゃん、ありがとう」
「えへへっー、これぐらい当然!」
お母さんが俺を抱いたまま、みこにお礼を言う。
その頃、ようやく駐車場に軽自動車を停められた師匠が優菜さんと愛さんと一緒に車を降りた。
「お師匠、お世話をかけました」
「まったくだっぺ。いくつになっても振り回しおって。とりあえず中に入るっぺな」
師匠がみこの祖母にペコリと頭を下げて師匠と呼んだ。
……は? はああああっ!!?
このおばあちゃん、師匠の師匠!?
世間狭くないかっ!?
「透花も早く入るっぺ」
「はーい。わかりました師匠」
お母さんの師匠でもあるのッ!!?
このおばあちゃん何者だよ!?
これでもお母さんは、二百歳なんだぞ!?
最初の百年以上、お母さんは一体何をやってたの!?
「なんだか再開した愛娘が凄い皮肉を言ってるような気がするわ」
「きのせい」
混乱していたから、思わず本音が漏れちゃっただけだ。
お母さんに抱かれたまま居間に向かうと、みこの祖母が乾いた俺の着物を返してくれたので、襖の裏で着替えを済ませる。
「うん、やっぱりこれが一番落ち着く」
身嗜みを整えて襖を開けば、そこは一家団欒とは言い難いほどにまで、ギスギスした空間だった――――。
俺は、無言で襖を閉じた。
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