金木犀「気高い人」

 僕は今日も教室の隅からあの人のことを見ている。


 一番前の席に座ったあの人のこと。小さく整った顔にかけられた、不格好なほど大きなレンズの眼鏡。まっすぐ肩まで伸びた黒い髪。半袖のセーラー服から伸びる、少しでも重いものをもったら折れてしまうのでは以下と心配になってしまうほどの、細くて白い腕。


 先生に頼み事をされたら微笑んでそれに答える。成績優秀であることは定期テストの結果からこのクラスの誰でもが知っている。噂によると運動神経も良いらしい。体育は男女別だからその姿を見る機会はないのだが、きっとあのスラリとした体で風のように走るのだろう。


 あの人は今、クラスの女友達と会話している。話の内容までは聞き取ることが出来ないが、笑いながら話している。楽しそうにさくらんぼ色の唇が動いている。大きなレンズの眼鏡の奥にある、目が細くなる。


 さて、休み時間の間ずっとこうしてあの人のことを見ていたいのだが、そういうわけにも行かない。次は移動教室だ。準備をしなくてはならない。


 僕は廊下にあるロッカーから教科書を取り出し、教室に戻ろうとした。


 その時、目の前からあの人がやってきた。


 あの人は、ただ歩いているだけなのに凛としていた。ピンと伸びた背と、上品さが溢れ出る歩き方。ふんわりと、甘くて優しい香りがした。


 心臓がありえないほどの速さで動いて、僕はうつむくことしか出来なかった。

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