アセビ「あなたと二人で旅をしましょう」

「今日はもうこの辺で宿を探したほうがいいんじゃないかしら」


私がそう言うと、彼は難しそうな顔をした。


「いや、もう少し先に行こう。この辺は人が多い。顔を見られているだろうからね」


彼の手をギュッと握る。ゴツゴツとした男らしい手の薬指に、細い銀色の指輪がハマっているのを見ると幸せな気持ちで胸がいっぱいになる。


「悪いな。僕の都合でこんな遠いところまで着いてきてもらってしまった。本当なら家を持ち、そこでゆっくり暮らしたかった」


どこか悲しそうな顔をする彼は、きっと故郷のことに思いを馳せているのだろう。

山に囲まれた小さな集落が私達の故郷。自然豊かといえば聞こえがいいが、周囲を森で囲まれ、他の場所から隔離されたような小さな集落だった。

彼はその集落の大地主の長男で、跡継ぎになることが決まっていた。彼の家はとても広く、大きくて立派な門があった。たくさんの使用人が家の世話をしていて、私もそのうちの一人だった。

年も近かったこともあり、私達は知り合ってすぐに仲良くなった。それこそ身分を忘れるほどに。恋仲になり、将来を約束したが、それは叶わないことだった。

彼には決められた婚約者がいたから。

でも私は彼のこと諦められなかった。そして彼は、運命に逆らおうとした。

まだ運命には飲み込まれていない。


「それでも私は、あなたと一緒がいいわ」


必要最低限の荷物の中に、故郷への思いは入っていない。


「僕もだよ」


彼はそう言って、さっきよりも少しだけ強く私の手を握った。


明日はもっと遠くまで行きましょう。

運命に逆らい続けるために。

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