祝福の子

「……それで」

「うん?」

「ヨキ様はどうして目覚めたんですか?」

 ヨキの火は侵略してきた帝国軍を海まで追い払い、彼らの船は撤退していった。入江に止められるような大きな船ではなかったそうだが、それすらも、沖まで出たと同時に残っていた火種で焼き尽くしてしまったという。

 海からやってきたものたちは真っ先に大聖堂を襲ったようだった。街へやってきたのは逃げ遅れた兵士数名だけだった上、手負いの彼らであれば警備隊で容易に取り締まることができたため、ほとんど被害はなかった。大聖堂は開放され、フィフラ以外に生き残っていた多数の怪我人が治療を受けていたが、司祭様は他の使用人たちを庇って斬り殺されてしまった。遺体の中に、ミラの姿もあった。それを確認したフィフラは、涙がとめどなく溢れてきた。お医者様の手伝いをしながら、彼らを葬るためにも様々な手配をしなくてはならなかった。フィフラは唯一この大聖堂で無事だったからだ。


 忙しく働いていたが、日が暮れる頃には後片付けが一段楽したので、木陰で鳥と戯れるヨキの赤い髪を見かけて話しかけた。

「様はいらんぞ」

 こんなに明るい髪をしていて誰も気づかないわけがない、と思っていたが、彼は自分が他人に見えるかどうかを何らかの力を使って調整できるらしい。

「お前のおかげだ。鍵を開けてくれた」

「それも謎なんですが、私は不思議なお婆さんに鍵をいただいて……」

「それは俺だ」

「だったら自分で開ければいいのに?」

 寝転んでいた体を起こして、横に座るよう促される。おとなしく従った。

「俺が俺の封印を解くことはできない。人の願いがなければ力が使えないのだから。でも、人の世はまるで夢の中にいるように見守っていた。あれは俺の一部を分けたものに渡るよう仕組んでおいた【鍵渡し】だ」

「一部?」

 ヨキは笑って、フィフラの髪に触れた。

「こんな赤毛、この世に二人といるはずがないだろう。お前に祝福を与えたのは俺だ」

 たしかにヨキの赤い髪は、目の覚めるような鮮やかさで、フィフラのそれとよく似ていた。大きく違うのは、内側で炎が燃えるように、彩度と明度がゆらめいて変わる。その様子は不思議なガラス細工のようにも見えた。

「祝福……?」

「覚えてないのならいい」

 それはフィフラの失われた記憶の先に存在するようだった。それ以上聞くのがなんだか怖くなって、フィフラは黙り込む。

「ともかく、ひさしぶりに人の世に顕現した!空気もうまいし、しばらくはいようと思う」

「そうだけども……神様がこう存在してるとなると……」

「直接崇められるのも悪い気はしない」

 いったいどうしようかなあ、とフィフラは思ったものの、この不思議な神様のおかげで、落ち込まずに済んでいる。それがありがたかった。

「俺は絶対に失われたりしない。お前が死ぬ時まで、そばにいてやろう。安心するがいい。それがしばらくだ」

 それを聞いて、自分が何を願ってこの神様がここにいるのだか、再認識してしまった。と同時に、恥ずかしくて顔が熱くなる。自分はもしかして、子供みたいな理由で神様を留めおいているんじゃなかろうか。

 笑いかけるヨキの綺麗な顔を見て、心の底で祈った。ああ、わたしの灯してきた火が、こんな形で願いを叶えるとは思ってもみなかった。

 神様、ありがとう。

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