ACT83 ひとときの幸福

 ふとクローディアは、ヴェルの着ている白外套の右腕にリボンが無いことに気付いた。

 一度彼から離れると、クローディアは自分の髪を結んでいた赤いリボンを解き、それを他の騎士が聖女騎士軍の証としてそうするように、ヴェルの右腕に結んでやった。

「……特別、なんだから」

「これで俺も、聖女クローディア様の騎士というわけだな」

「やめて。ヴェルにだけは絶対にそう言われたくはないわ」

「俺に、聖女の騎士になって欲しくは無い、と?」

「そうじゃない。ただヴェルにまで〝聖女クローディア様〟なんて呼ばれたくないの。いつも通りで居て欲しいの。ヴェルにだけは、私をただのクローディア・クロリヴァーンとして見ていて欲しいの。せめて貴方の前だけでは、聖女でも何でもない、ただの〝ディア〟でありたい」

「わかった、ディア」

 クローディアは視線を外へと向ける。

 陽が傾き始めていた。もうすぐこの世界にも夜が訪れる。

 地平線へと落ちていく太陽は次第にその色を紅に染め始め、それまで蒼の一色だった空に彩を創っていく。それは〝揺り篭〟を覆っていた偽りの空と何も変わらない、見慣れた風景だった。

「ヴェル」

「何?」

「ありがとう」

 ヴェルはクローディアの顎に手をやる。

 くいと上に向かせて、そこに自らを近づけた。

 意図を理解したクローディアはそっと目を閉じる。

 ――いいよ。

 許可に頷き、ヴェルはクローディアの桃色の唇に自分の唇を重ねた。

 柔らかな感触。

 二人は、それにほんのひとときの幸福を感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る