ACT82 人間として

 艦橋の窓から、クローディアはリューシンガ達の様子を眺めていた。

 こういう時こそ、率先して大地の感触を確かめるのが自分の役目であったかもしれない。そうクローディアは考えるが、その気にはなれなかった。

 ただ単純に疲れてしまったというのもある。と同時にささやかな困惑もあった。

(この世界で私は何を見て、何を成すべきなのかな)

 目指してきたそれを成し遂げたばかりだというのに、そんなことが頭を過ぎる。

 〝外の世界〟を切り拓く。

 そして世界を、人々救う。

 ――それが、自分の成し遂げた功績。

(だというのにその実感が無いのは、ただ私が誰かに言われるがままに行動してきたに過ぎないからなのかもしれない)

 クローディアは思う。結局、都合の良いように民衆を扇動したに過ぎず、あれだけ意気込んできたにもかかわらず自分で望んで起こした行動は失敗に終わった。もしもリッカの機転がなければ聖女クローディアは史上最悪の魔女として後世その名を語り継がれていたかもしれない。

 いや、それだけならばまだいい。もしかしたら自分のせいで歩むべき歴史そのものが消えて無くなっていた可能性だってあった。そうならずに、世界を救った聖女のままで居られるのは支えてくれた人々が居てくれたお陰なのだ。

 民衆は、クローディアを変わらず聖女として崇めることだろう。だがクローディアにはもうそんな気は無かった。

 この世界へと辿り着いた時点で聖女クローディアの役目は終わり、今残っているのはただの十八歳の少女であるクローディア・クロリヴァーン。

 世間はそうなることを赦してはくれないかもしれない。それまでクローディアをただの少女として見てきた者とて、これ程のことを成してしまえば畏敬だとか、崇拝だとかで何かと距離を置いてしまう。

(そうなれば、一体誰が私を一人の人間として見てくれるのかな)

「ここに居たのか、ディア」

(彼なら、私をただ一人の人間として見てくれるかもしれない)

 自分を見つけた者の声を聞き、クローディアは咄嗟にそう思った。

「……ヴェルナクス」

「行かなくてよかったのか?」

「そんな気になれなくて。そういうヴェルこそ、どうしたの」

「焦る必要は無いと思ってな。このまま騎士であり続ければその機会はこれから数え切れないほどに訪れる。そうしたらその時はゆっくりと踏みしめてみるのも良い。だが――」

 ヴェルは、クローディアを自身へと引き寄せて抱き締めた。

「――今は、こうしていたい」

 突然のことに動揺を隠せず目を丸くするクローディア。

 少しだけならと思い、兄とは違う安心を覚える腕の中にクローディアは自身を預けた。

「……私も」

「凄いよな。俺の愛する人が聖女様だなんてな」

「いつ、私が許したのかしら?」

「…………」

「冗談よ。沢山の人に愛されるのはとても嬉しい。だけどこうして一人の人間に、目に見えて身体で感じられる形で愛してもらった方が、やっぱり私は嬉しい」

「聖女様としてあるまじき言葉だな」

「本当は喜んでいる癖に」

「それをディアがわかってくれるのなら、俺はそれでいいさ」

「そういえば、いつの間にか私のことをまた〝ディア〟って呼ぶようになったのね」

「気に障ったか?」

「ううん。そっちの方が落ち着く」

「そうか」

「……あの日、何も理由を告げずに私の前から去って行ったことの本当の理由を、お兄さんから聞いたわ。私、ヴェルのこと何もわかってなかった。あの時は勝手に裏切られたなんて思い込んで、それで私……」

「いいんだ。ちゃんと理由を話せなかった俺も悪かった」

「……ごめんなさい、ヴェル」

「俺こそ、ディア」

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