ACT81 仕組まれた歯車
〝聖女の翼〟は、新たなる大地へと降り立った。
リューシンガはその場に跪き、土の感触を確かめる。
エクザギリアで触れてきたそれと何ら変わりない。
温もりのある風が大地を撫で、萌える草花を揺らしている。
目を閉じ、リューシンガはその風に向かって大きく深呼吸をした。
自然と流れ出る涙を白外套の袖で拭い、目を開くと同時に立ち上がる。
そしておもむろに左腰の聖典刀へと手を掛けると、引き抜いて切っ先を地面へと勢いよく突き立てた。
それを祈りの対象と見立てて胸へと手を当てるリューシンガに合わせるようにして、背後に立つルーゼイとリッカ、そして下船した乗員達が同様に胸に手を当て、思い思いの言葉を胸中で述べた。
「……払った犠牲は余りにも大きすぎた。だがここに再び理想郷を造り上げることを誓おう。かつて先人たちがそうであったように、私もこの空と大地と風に、祈りを捧げる」
言うと、リューシンガは自分の被っていた制帽を取り聖典刀の柄へとかけた。
その突き立てた聖典刀の根元には所有者の名前が刻まれている。
――〝グラウシュード・アクナロイド〟
ややあって、その場に残る者はリューシンガとリッカの二人となっていた。
「あの男が、私に言った。〝世界を救う為に世界を欺き、世界を救う為に自分を殺せるか〟と……」
呟くように、リューシンガはリッカへと語る。
「リューシンガ、貴方は――」
「私は答えた。〝仕組まれた歯車の命であるのなら、それを全うするだけだ〟とな」
「……知っていたのね、アクナロイドの計画を」
「聖女守護将となった時、アスキスは全てを私に明かした。世界のこと、自分のこと、妹のこと、そして私自身のこと。グラウシュード・アクナロイドの再現として生を受けた私ではあったが、あの男はあくまで私をリューシンガという個人として扱ってくれた。私はアスキスという人間を尊敬していた。だが、それを誰にも打ち明ける事はできなかった。クローディアにさえな。私はアスキスを憎み続けて生きなければならない」
「それが尊敬の証でしょう、リューシンガ」
「そうだ。故に私は、あの男の敷いた線路の上を歩んだ。あの男の望むままに生きた。……だが、だからこそかもしれない。今、私は初めてこれから先の未来に、恐怖と不安を感じている。私は怖いのだ、独りで戦うことが」
リッカはリューシンガの手を取る。
聖女ではないリッカに、今までのように思考を読み取ることは出来ない。
だがリッカにもとよりそのつもりは無かった。
ただ、その男の孤独を拭い去りたいだけだった。
「大丈夫、貴方は独りではない。多くの仲間が居る、そして家族が居る」
「久しく忘れていた、懐かしい感触だ。君の手はクローディアによく似ている」
「当たり前じゃない。私とクローディアは姉妹なんだから。そして貴方もそうよリューシンガ――そういえば、まだ貴方にはちゃんと言っていなかったわね。私、いいえ、ボクはリッカ・クロリヴァーン。クローディアと同じく、貴女の可愛い妹よ。よろしくね」
「ああ、よろしく頼む。私は幸せ者だな、よく出来た妹を二人も持っているとは」
「そうだよ。だからちゃんと大切にしてね?」
「当然だ。それをあの男も望んでいるだろうからな」
「……それで。これから貴方はどうするの?」
「私は私の使命を全うするまでだ。託された計画はまだ終わっていない。あの〝揺り篭〟が完全に崩壊してしまう前に、この世界へと全ての民を誘う大役が残っている。自らの足で立つとはいえまだ民衆にはその力が無い。民が成熟するまでは導く者が必要だ。私は私の命を全て民に捧げる」
「その後は?」
「さてな。もとよりこれが望んだ生き方だ私は十分に好きに生きている。民の為に生きることが私の生き甲斐だ。アスキスがそうしてきたように。そして君とクローディアが好きなように生きてくれれば、これ程の幸福は無いだろう」
言ってリューシンガは〝聖女の翼〟へと視線を向け、艦橋を見上げた。
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