ACT80 姉妹
〝聖女の矛〟から解き放たれたクローディアもまた、その新たなる世界の姿を船首から眺めていた。
込み上げてくる感情を共有しようと、もうひとつの硝子の容器へと視線を向ける。
だが、右側の容器はまだ閉じられたままだった。
何を閉じ籠っているのだろうと、クローディアは外側から装置を解除して容器を開く。
横たわるリッカは、眠ったままだった。
「こんな時に寝坊? だらしないわね――」
クローディアは、リッカの身体に違和感を覚えた。
呼吸をしていない。
「リッカ? ……ねぇ、リッカ!?」
取り乱すクローディアに只ならぬ事態を察したルーゼイは、即座に伝声管へ状況を伝える。
その間もクローディアは涙を流しながら何度も身体をゆすり、その名を叫んだ。
「何よ。何なのよ! なんで眠ったままなのよ! 起きなさいよ! あなたでしょう!? この世界を壊すんだって最初に決めたのは。そうして世界を救うんだって誓ったのは。そのあなたがこの世界を見ないでどうするのよ! 目を覚ましなさい、リッカ・クロリヴァーン!! あなたは私の……大切な妹なんだから!!」
と――
「……そっか。そういうこと、だったんだ」
か細い声で、リッカは言った。
「ボクが勝手に、そう思い込んでいただけだったんだ。これが最後だって。この為だけにボクの命はあったんだって。だけど、違った。ここで死んだのは聖女としてのボクだけ。そしてここに居るのは人間として、クローディアの妹であるリッカ・クロリヴァーン」
呟きながら、リッカはその感覚を噛み締めた。
感じる。胸に鼓動を。何百年と止まり続けてきたその時計が、ようやく元の動きを取り戻した。
今度こそ、ただの人間として歩むことを赦された。
「リッカ……」
「ごめんね、おねえちゃん。大丈夫、ボクはちゃんと、ずっと傍に居るから」
クローディアは気付く。
リッカの瞳の色が真紅ではなく、空色となっていることに。
「……リッカって、本当はそんな瞳の色をしていたのね」
「おねえちゃんもね。ボクはそっちの方がおねえちゃんらしくて、好きだよ」
「私達、もう聖女じゃないってことなのかな」
「そうみたい。だけどこの船はまだちゃんと息をしていて、飛んでいられる。きっとボク達の中にあった〝聖女の心臓〟だけが消えて無くなったんだ」
「それじゃあ〝揺り篭〟は?」
「大丈夫。〝彼女〟が見守ってくれている。だけどそれは長くは続かない、急がないとね」
「そうね、ここから始まるんだもの」
「不安?」
「いいえ。なんだって出来る気がするわ。だって皆が居るんだもの。リッカは?」
「ボクも一緒。ずっとおねえちゃんと居られるのなら、なんだって出来るよ」
クローディアは、言うリッカをそっと抱き締めた。
応えるようにして、リッカもクローディアを抱き締め返す。
「今ならちゃんと言える。あなたは私の妹。一番大切な妹」
ふとリッカはかつて存在し〝揺り篭〟の意思となったもう一人の姉の名を思い出す。
「うん。クローディア、貴女はボクのおねえちゃん。一番大好きな、おねえちゃん」
言ってリッカはクローディアに自らの身体を委ね、その幸福を感じた。
「……ボクは生きるよ。人間として、リアの分まで」
「何か言った? リッカ」
問うクローディアの顔を、リッカは悪戯な笑顔で見上げる。そして言った。
「オトメのヒ~ミツっ♪」
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