ACT84 造られた世界

 朝。

 造られた太陽の光が、窓越しに部屋の片隅に置かれたキャビネットの小物を眩しく照らし出している。

 一つは銀色の置き時計。針が示す時刻は午前七時五十五分。

 一つは眼鏡。金縁の丸いレンズが陽光を浴びてその先の床を七色に輝かせている。

 一つは写真立て。中の写真には赤いリボンで結ばれた金髪の幼い少女と眼鏡の男、そして銀髪の少年の三人が映っている。男は優しい顔でそこに立ち、少女はいかにも泣いた後というような赤い顔をして拭いきれない涙を空色の瞳に浮かばせている。銀髪の少年はその少女を慰めるように頭を撫でながら、写真機を見るようにと少女に促しつつ立っていた。

 一つは鏡。映っているのは長い黒髪を垂れた兎の耳のように両端で纏めている少女。そちらに視線を合わせつつ、身を包む高等部の紺色の制服を整えている。

 部屋に置かれたベッドでは、時折毛布がもぞもぞと動いていた。

 枕元には分厚い本が散乱しており、そのうち一冊は頁が開かれたまま放置されていた。ベッドに寝ている者の手がその上に伸びたままであることから、呼んでいた途中で睡魔に負けたことが分かる。それは、溜め息を吐く少女――リッカから見ても一目瞭然だった。

『我は与える――……』

 癖でいつも通りにそれを発動しようと意識を集中させたが、リッカは自身にはもうその力が無いことを思い出し、仕方なく毛布を鷲掴みにする。そして、空中に放り投げた。

 ベッドの中のワイシャツを着て蹲る金髪の女のあられもない姿が露わになる。

「とっとと起きろぉー!!」

 叫ぶ声に金髪の女――クローディアはゆっくりと目を覚まし、リッカを見た。

 リッカは腕を組んでクローディアを睨みつけている。

 今日の為に新調したリッカの制服にはまだ皺のひとつも見受けられず、きりりとした顔立ちの今のリッカの心情を表しているかのようだった。かたや壁からハンガーで引っかかているクローディアの紺色の制服は手入れも久しく、くたびれてしまっている。

「んー。今何時よ……」

「自分で確かめれば?」

 言われ、クローディアはもそもそとキャビネットへ手を伸ばし、置き時計を探り当てる。

 寝ぼけ眼で見たその時刻に、クローディアは愕然とした。

「ちょっ……えっ……しまったあああああ!!」

 飛び起きたクローディアは、リッカに文句を浴びせつつ忙しなく部屋の中を駆け巡る。

 それを聞き流しながらリッカはベッドに腰掛け、積み重なった本のひとつを手に取って頁をぱらぱらと捲った。その背表紙には〝遠距離恋愛を長続きさせる百の方法〟とある。

「こんなの読まなくったって、ヴェルは離れて行かないって……」

「なっ!? なななななんで勝手に人の本を読んでいるのよリッカ!」

 リッカが持つ本をクローディアは強引に取り上げる。

「いや、そこにあったから」

「あっても駄目なものは駄目!」

「何か不安になるようなことでもあったわけ? 不器用なアレに限ってそういうことは無いと思うけどな。なんせヴェルもヴェルでおねえちゃんにゾッコンだし」

「し、知ってるわよそれくらい……」

 キャビネットの上に置かれた鏡に頭を映し、クローディアは髪を纏めるリボンを整える。

 真新しいその蒼いリボンは、ヴェルからの贈り物だった。

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