【第7章―殻を破るもの―】
ACT77 ありがとう
デザンティス上空。〝聖女の翼〟艦橋。
中央に置かれた机をリューシンガ、ルーゼイ、ヴェル、リッカ、そしてクローディアが取り囲んでいる。
机いっぱいに広がる白紙に、リッカは聖女としての情報を頼りに羽ペンを使って正確に西の大陸デザンティスの全体像を描いていく。そして最後に、その真ん中に大きくバツ印を描いた。
「ここが今、ボク達の居る場所だ。百年前までデザンティスの中枢として機能していた大都市があった。ここでボクは空を砕こうとして、失敗した」
言うリッカの表情は何処か哀し気だった。
クローディアはそれを察する。
「リッカ……」
「この上には、ボクが作った大きな傷がある。この〝揺り篭〟を壊すには、もう一度ここへ力を集中させればいい。二人の聖女が持つ力を全て叩き込めば、恐らくデザンティス覆っている〝殻〟は今度こそ完全に崩壊する――そう、アスキス先生が言っていた」
「よし。各員戦闘配置。いいなルーゼイ」
「はい、隊長」
リューシンガにルーゼイが応え、乗員に伝達。
命令を受けた乗員達が船を操作。
船体が少しだけ傾き、針路を調整した。
「だけど、実際に天井を破るにはどうすれば?」
クローディアが尋ねる。
それにリューシンガが頷くと、ルーゼイが指示を下した。
「諒解です隊長。ではクローディア様、リッカ様、こちらへ」
二人はルーゼイに連れられて艦橋を出る。
長い階段を上がった先は、船の最上階だった。
そこは〝聖女の翼〟の船首、巨鳥の頭部に相当する場所である。
外観こそ艦橋を構成する腹の半球体と変わらない大きさをしていたが、その内部は思いの外狭かった。幾つもの導力管が所狭しとうねり、舳先へと続いている。その部屋の中央には無数の導力管に繋がる二つの硝子の容器が横倒しで設置されていて、それぞれ中に入る者を待つようにしてその口を開けていた。
「エスカウィルさん、これは一体……?」
「〝聖女の矛〟ですクローディア様。この船を浮かばせている聖典術式飛翔機関と共にアスキス教授が設計した、人類の持てる最高にして最強の兵器。かつての我々〝聖典騎士団四番隊〟は対魔女戦闘を想定して創設された部隊でした。この兵器も、再び世界を脅かす魔女が現れた際の対魔女用決戦兵器として作られたと聞いております。ですが、それも恐らくはこの世界に流布された数々の偽りと同様に、真実を隠す為の嘘だったのでしょう」
「全く、何処までもアスキス先生には驚かされるね……」
リッカは呟く。
「御覧の通り、この装置を使うにはお二人の力を必要とします。以前はここに聖典術に優れた騎士達がそれぞれの聖典刀を翳して発動を肩代わりさせていたのですが、それでも最大出力の二割を叩き出すのが精一杯でした。〝聖女の矛〟はその名の通り、聖女であるお二方が使ってこそ、真価を発揮するもののようですね」
「アスキス先生は、最初からこれだけを目指してきたのね」
「そう。ボクがかつて夢見た世界救済の計画だ。彼はボクの犯した罪を敢えて背負い、全てをボク達に託してこの世を去った。そして、このボクも……」
「リッカ?」
「叶えよう、おねえちゃん。全ての命の為に」
「そうね。全ての命の為に」
クローディアは左側の容器へ、リッカは右側の容器へと、それぞれ身体を委ねる。
「ねぇ、クローディア」
容器が閉じられる直前、クローディアはリッカに呼び掛けられた。
「何? リッカ」
「……ありがとう」
リッカが言うのと同時に容器が密閉され、液体が流れ込んできた。
二人はそれぞれの姿を眺め向かい合いながらそれに身体を預ける。
リッカはいつもと変わらない悪戯な笑みを浮かべながらクローディア見ていた。
対するクローディアもそれに笑顔で返そうとするが、ふと、リッカの瞳から一筋の涙が零れ落ちて液体と同化していくのが目に留まった。
(どうして、リッカは泣いているのかな)
だがその理由を考えるよりも先に眠気が訪れ、やがてクローディアは眠りの中に落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます