ACT76 旅立ち

 クローディアは大きく深呼吸。

 それからリューシンガ、ルーゼイ、ヴェル、そしてリッカの顔を順番に眺めていく。希望に満ちた表情に、クローディアもまた同じ表情で返した。

「さぁて、行きますか。世界を壊しにさ!」

 リッカが笑顔で言った。

 古城の広場に佇む〝聖女の翼〟へとクローディア達は向かった。

 不時着したその船の周囲には聖女騎士軍の騎士だけでなく、学園の生徒や港町の住民までもが多く集っていた。

 乗員が彼等に向けて忙しなく指示を出している。見ればその人だかりは、それぞれ持ち寄った材料を使って損傷個所の修復を行っていたのだった。

 クローディア達が丁度そこへ到着するのと時を同じくして、町の男達がぼろぼろの荷役馬車にガラクタを満載して船の前に現れた。その馬車を操っていた馭者がクローディア達の姿を見つけて手を振っている。それに騎士や作業をしていた乗員達も気付き、敬礼した。

 クローディアは自分を呼ぶ声に応える。

 明るい希望の表情を見せる人々の姿にクローディアもつい嬉しくなって笑顔で返す。すると、何倍もの笑顔の花となってクローディアに帰ってきた。

 ふと一人、敬礼をする手を震わせながら必死に涙を堪えている騎士が居るのをクローディアは見つける。キランドルだった。

 感極まる余りにその顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしつつ、しかし聖女騎士軍の騎士として敬礼を崩すことが出来ないが為にそれを拭うことも許されず、零れ落ちるのをただ重力に任せている。

 クローディアはおもむろに歩み寄り、キランドルを睨みつけた。

 自分の醜態に再び殴り飛ばされるのではないかと覚悟していたキランドルは、思い切り歯を食いしばって身構える。そんなキランドルの表情にクローディアからは思わず笑いが零れ、やれやれとポケットからハンカチを取り出してキランドルに差し出した。

「ばーか」

 クローディアが言う。

「姉御……い、いえクローディア様!」

「いいわよ。今だけは〝姉御〟って呼んでも」

 敬礼を崩し、クローディアからハンカチを受け取ったキランドルは投げかけられた言葉にとうとう嗚咽を漏らして本格的に泣き出してしまった。

 その姿に、他の少年達もそれぞれに唇を噛み締めたり、鼻水を堪えていたりしていたのを諦めてわんわんと泣いてしまう。それをクローディアだけでなく、周囲に居た住民や生徒達が微笑ましく眺めていた。

 と、そんな騎士達の下を掻い潜るように幼い子供達がクローディアの元へと駆け寄ってきた。クローディアが授業を受け持っていたノエル達初等部の生徒達だった。口々に思いの丈を述べながら、生徒達はわいわいとクローディアを取り囲む。

「ディア先生!」

「頑張ってね!」

「大好きだよ!」

「私はちゃんとみんなのところに戻るわ。そしたら、また授業をしてあげるわね」

 その言葉に、生徒達全員が元気良く「はい!」と答えた。

 クローディア達五人は〝聖女の翼〟のタラップを昇る。

 敬礼で迎える乗員達は、すっかり元通りになった船を誇らしげに見せた。

 損傷個所は住民の持ち寄った部品によって少しだけ彩を豊かにしている。

「みんな、行ってきます!」

 〝聖女の翼〟の飛翔機関が誇り高く咆哮を上げる。

 陸地を踏みしめていた脚部がそっと浮かび、銀色の翼が風を掴んだ。

 瞬く間に高度を上げていく巨鳥の姿を、広場に集まっていた人々が大きく手を振って見送った。艦橋に立つクローディアがそれに返す。

 巨鳥が空を羽搏く鳥を同じ大きさになっていく。 

 針路は、中央海を越えた西の大陸――デザンティス。

 星ひとつ輝かない漆黒の空へと舳先を向けると、鳥は西の空へと飛び立っていった。

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