ACT73 揺り篭との接続
この階段を降りるのは、三度目のこと。
一度目は三百年前。聖女になるとき。姉のリアと共に。
その時の年齢は十三歳。聖女の素質を見出され、半ば強制的にさせられたような形ではあったが、それでも幼いながらに強い責任感を抱き、同時に子供ながらの無邪気な喜びもあった。憧れの聖女様になることが出来る。姉妹で一緒に聖女になれるのだから、これ程に幸せなことは無い。二人ならきっと出来る。上手くやれる。ずっとずっと、大好きなおねえちゃんと一緒に居られる。二人で世界を護る事が出来るのだ。
リッカは階段をひとつ降りる。
(――そうして長い間、私はリアと共に世界を育んだ。あの日までは)
二度目は百年前。聖女戦争の最後。アクナロイドの手によって。
訪れて欲しくは無かったその機会。デザンティスでアクナロイドに身体を穿たれたとき、死を悟った。そうして自分の失敗と、罪に気付いた。そして此処に封印された。それから百年の間は自分が生きているのか死んでいるのかすらわからないような中で閉じ込められた。それこそが魔女たる自分に相応しい最期だと思った。気付けば百年が経っていた。
リッカは階段をまたひとつ降りる。
(――そうして長い間、私は硝子の揺り篭、もとい棺桶に封印された。あの日までは)
三度目。そして今、初めて自分の意思でそこへと赴く。
全ては愛する世界の為。贖罪の為。何より愛する二人の姉の為。
いつも、この場所から始まっていた。時に喜び、時に哀しみ。
リッカは、最後に此処を歩く気持ちが歓喜で良かったと安心していた。
地下に降り立ち、左側の部屋に目をやる。壊された硝子の容器。贖罪の揺り篭。
次に右側の部屋を見る。〝聖女の心臓〟を授ける場所。そちらへ歩く。
装置を起動させる。
端末を操作して役割を変更。〝揺り篭〟の制御系へ接続。画面の認証装置に手を当てる。端末がリッカを蒼き聖女と認識する。機能の切り替えを承認。
ここからは、自身の力を使って行う――リッカは部屋の中央の台座に立った。
程なくして天井から硝子の容器が降りてきた。液体が充填される。超高圧縮処理によって濃縮、液化した〝聖典〟もとい〝ナノマシン〟。それはリッカの皮膚に浸透し、聖女と制御系を一体化させる。
眠気がやってきた。
意識を譲渡。
夢を見るような感覚。
だが以前とは違う。
こちら側に居るという意識を保ったまま、あちら側へと接続する。
――……
ふと気付くと、リッカは無限に棚の続く書庫のような場所の廊下を歩いていた。
それが普段、聖女が意識せず行っている〝揺り篭〟を制御する動作の視覚化であることにリッカは気付いた。見渡す本棚に並ぶ本のひとつひとつの内容を完全に理解し、その一字一句を記憶している。
リッカはその中から一冊の本を取り出して、捲った。
頁の終わりに差し掛かると書かれていた文章は途切れており、そこから先は白紙となっていた。
そこにリッカは、右手に生み出した羽ペンで新たに文字を数行書き加えていく。そうしてまた別の本を取り、同じような作業を繰り返した。最後に空の絵が表紙となった本を取ると、リッカはそれに向かって言葉を発する――
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