ACT74 再臨せし魔女

 そのリッカの行動によって、世界中が騒然としていた。

 空の色が目まぐるしく変化し、昼であるはずの時間に辺りが急激に暗くなって星と月とが浮かぶ漆黒の夜空が現れた。かと思えば月が手放されたボールのように地平線へと落下すると、地平線で跳ねた月は太陽と化して空へ駆けあがった。すると、今度はその太陽が真っ二つに割れて南と北へ反発するように落ちていく。更には西と東、北と南からそれぞれひとつずつ満月が飛び出して夜空の天辺で衝突し、砕け散って流星群と化す。やがて最後には空は真っ暗になり、赤く点滅する古代文字がびっしりと空に映し出されると、ようやく激しく変化し続けた空は元の昼の姿に落ち着いた。

 だが今度は、空がおどろおどろしい声で喋り始める。

 呻きのような胸に響く低音の声から、小鳥のさえずりのような甲高い声まで、それらがそれぞれ別の意味や言語の異なる声を発し、やがてひとつの言葉を形成し始める。

 誰もが理解することの出来る、普段の会話の中で使われている馴染の言語で、空は言った。

《我が名は紅の聖女。かつて貴様等人間に滅ぼされたデザンティスの聖女である》

 しゃがれた老婆のような声で、空は言った。

《我は赦さない。貴様等人間を。我は認めない。人間に味方する新たなる聖女を》

 幼い少女のような声で、空は言った。

《我は罰を下す。この世界は我の世界。故に我は滅ぼす》

 若い青年のような声で、空は言った。

《我は空を落とす。陸を壊す。この世界に人間は不要だ》

 老いた男のような声で、空は言った。

《我は、我を脅かすその全てを赦さない》

 全ての声が重なり、不協和音となったその声で、空は言った。

 人々はただその声に怯え、震えていた。

 雑踏の中に紛れる騎士達は「聖女クローディア様を信じろ」と声を上げて恐怖に慄く人々を勇気づけ、落ち着かせようと奔走している。


 その様子を空から眺めて満足したリッカは、接続を解除する。

 ――……

 次にリッカが目を開くと、硝子の容器の中だった。

 硝子の向こう側に人影が見える。

 液体が完全に引き切り、容器から解き放たれたリッカはその場に立っていた面々を見渡すと、ふふんと鼻を鳴らした。

「おやおや、皆様お集まりのようで。これから宴でも開くってんならトロカテア焼きの二十箱や三十箱は用意してくれないと、悪の魔女様は怒っちゃうかもよ?」

 リッカの言葉に、彼女を見ていた者達が笑う。

「わかった。全てが終わったら飽きる程食わせてやろう」

 そう言うのはヴェル。

「いいなぁそれ。事が成ったら、是非ともやりましょうよ隊長!」

 そう言うのはルーゼイ。

「そうだな。ありがとう紅き聖女様……いいや、今は蒼き聖女様か」

 そう言うのはリューシンガ。

「…………」

 何も言わずにいたのはクローディア。不機嫌な表情でそっぽを向いている。

「あっれぇ~? おねえちゃんは何もないわけ? 何も出来ずにドツボにハマった挙句、その自分を悔やんで散々泣き喚いていたんじゃないのぉ~?」

「……りがと」

「きっこえないぞぉ~?」

「あ、ありがとうって言ったのよ! 本当に、感謝しているんだから……」

「んもう。素直じゃないなぁ、おねえちゃんはっ」

「さて、これで世界中は大混乱だ。ならば助けに行かねばな?」

 不敵な笑みを浮かべながら、リューシンガが言った。

「今度こそ、世界を救う聖女様として……ですね、クローディア様?」

 ルーゼイが言う。

「世界中の人々が君の言葉を待っている。出番だよ、ディア」

 ヴェルが言った。

「えっ……私? 私がやるの?」

「聖女クローディア様以外の誰がやるってのさ? ほら行くよ、おねえちゃんっ!」

 リッカに強引に手を引かれ、玉座の間へと連れ戻されるクローディア。

 その後を追うようにしてリューシンガとルーゼイ、そしてヴェルがついていく。

 再び玉座の間に明かりが灯され、各々が機材を起動させる。

 クローディアはリューシンガに玉座へと座るように指示されたが、首を振って辞退した。

 自然体で、思いの丈を述べたいと考えたからだった。リッカや他の三人もそれに同意し〝聖女クローディア〟としてではなく、一切着飾らない、ただの十八歳の少女〝クローディア・クロリヴァーン〟としてその場に立った。

「この世界に暮らす皆様に、お伝えしなければならないことがあります――」

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