ACT72 聖女の帰還
ヴェルは気付く。
彼女は今、溢れんばかりの涙を浮かべている。
そしてその瞳の奥には微かな光があった。剣の猛攻を繰り出す彼女自身から乖離した、もう一人の、魔女ではないクローディアの姿を見た。
助けるべき彼女を、ヴェルはそこに見つけたのだった。
咄嗟に足元を滑らせ、腰を落とす。
大きく横薙ぎの軌跡を描いたクローディアの凶刃を頭上でやり過ごし、そこに出来た大きな隙にヴェルは賭けた。
『我に与えよ〝流れる大気〟』
クローディア目掛けて聖典術を発動し、衝撃波を叩き込む。
極至近距離の発動に対応しきれなかったクローディアは空中へと投げ出された。
ヴェルは彼女が落下してくる地点へと駆ける。
体勢を崩したままのクローディアから聖典刀を取り上げた。
そのまま自分自身の聖典刀をもヴェルは投げ捨て、その右手で落下するクローディアを抱き寄せた。
そして、左手を彼女の後頭部へと回し、自身の唇をクローディアの唇に重ねた。
直後。クローディアの両手がヴェルの首をあらんかぎりの力で掴む。
喉元を親指は確実に捉えており、皮膚を突き破るような勢いで爪が突き刺さった。爪先から滴るヴェルの血がクローディアの指を伝い、クローディアの手首を紅く染める。
やがて、一滴。
クローディアの纏う漆黒の衣へと紅が落ちた。
すると。
ヴェルはクローディアの腕から殺意の波動が消えて行くのに気付いた。
おもむろに解き放たれ、ヴェルの両頬へとクローディアの掌が滑り込んでくる。
暖かく柔らかな唇に、鼓動を感じた。
優しく重ね返してきたその感触に、ヴェルは彼女を支配しようとしていた魔女が消滅したことを実感する。
長い口付けを終えたクローディアの表情を、ヴェルは改めて眺める。
顔を真っ赤にしつつ、真っ直ぐに眼差しを向けてくるクローディア。
真紅の瞳は、光を取り戻していた。
思い出すかのように、ひっく、とクローディアはしゃっくりをする。やがてクローディアは、ヴェルに身体を預けながらその顔をくしゃくしゃに歪めて泣き出してしまった。
「……死んでしまったかと思った」
「俺は此処に居る」
「……もう会えないかと思った」
「俺はずっと居る」
「……嫌いになったかと思った」
「俺は嫌いになんてならないさ」
「……思い出したの。いいえ、ヴェルに触れたとき、ヴェルの記憶が私の中に入ってきた。それで気付いたの。どうして気付かなかったんだろう……私、ヴェルに会ってたんだ」
「そうさ。君は俺に〝強いんだ〟って言ってくれたんだ。だから俺は此処まで来ることが出来た。全て君のお陰なんだ、クローディア」
「……ごめんねヴェル。本当に、ごめんね」
「ほら、もう泣くな――」
ヴェルはクローディアの頭を撫でながら言った。
「――たったひとりで耐える必要なんてもう無いんだ。君こそ頑張ったよ、えらいえらい」
ヴェルは、クローディアの顎を指でくいと上げ、唇を重ねた。
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