ACT64 空の欠片

 ヴェルが涙の塩味のトッピングがされたネルパージ焼きを全て平らげ尽くした頃、列車はスレイツェンへと向かう最後の給水所で補給を終えた。

 もう半時間もすれば地平線の向こう側に中央海が見えてくる。

 そうすれば整然と並ぶ赤煉瓦の町並みが美しい港町はもうすぐだ。

「着いたら何をしよう」

「まずはお城を眺めてみようか」

「あそこには聖女様がいらっしゃるらしい」

「聖女騎士軍が持つ空を飛ぶ船というのもお目にかかりたいものだ」

 客車の声に耳を傾けるリッカは、そんな乗客達の話を微笑ましく聞いていた。

 そんな矢先だった。

 空を光が覆ったのは。

 太陽の光でもない。

 雷の轟きでもない。

 それらとはかけ離れた、死の恐怖すら抱かせる光。

 リッカと、その隣に座るヴェルは同時に空を見上げた。

 その光に乗客達も窓から身を乗り出すように空を見る。

 今度は、一瞬にして闇が空を支配する。

 そこだけがまるで、空が消えて無くなったかのようにすら思えた。

 リッカは誰よりも早くそれが何なのかを理解していた。

 胸に抱く〝エクザギリアの心臓〟が激しい痛みを訴える。

 その激痛に耐え切れず、リッカは思わずその場に蹲った。

 だが真紅の眼差しだけは、決してその光景から逸らさなかった。

「落ちる……空が、落ちてしまう!!」

 闇が、鼓膜を突き破らんばかりの轟音と共に落下する。

 リッカは必死に何か出来ることは無いかと考えた。

 だが聖女となったリッカすら、それを阻止できるだけの術は持ち合わせてはいなかった。

(世界の終焉の前に、聖女である私すら無力だというのか――)

 ただ見つめることしか出来ない。

 落ちていくそれに抗う事も許されず、絶望を感じる以外の何もすることが出来ない。

 悔しかった。

 あと少しだというのに、また人が沢山死んでしまうそれが。

(あと少し、あと少しだったのに!!)

「ちくしょう……!!」

 ヴェルが叫ぶ。

 だがその声は悪魔の訪れる音に掻き消され、隣に立つリッカでさえまともに聞き取ることが出来なかった。

 二人の前で、空は落ちていく。

 だがそれは自分達の上ではない。

 向かっているスレイツェンでもない。

 その行き先は、山脈の向こう側。

 そこにあるのは、数十万という命を抱くエクザギリア最大の都市。

 空の欠片は、旧首都ランセオンを大陸から消し去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る