ACT56 断てぬ想い

 ヴェルは虚空に向けて剣を振る。

 過去に囚われた己の弱い心を斬り裂く為に。

(だが、この気持ちは断ち切るべきなのだろうか?)

 剣を振りながらヴェルは考える。

(俺は、昔の自分を嫌っているのか?)

 剣を振る。

(昔は嫌いだった、弱い自分が大嫌いだった)

 剣を振る。

(俺は、今の自分を嫌っているのか?)

 剣を振る。

(嫌うものか。彼女が好きだと言ってくれた自分を、嫌いになどなるものか)

 剣を振る。

(なら、クローディアのことは?)

 剣を振る。最も強く、渾身の一撃で空気を叩き斬る。

「好きに決まっているだろうが!! クローディアは俺が生涯で唯一愛した人だぞ!!」

 思わず口に出してしまったその言葉にヴェルははっとして、恐る恐る周囲を見る。

(何を俺は口走っているのだ。今はただ、無心に剣を振らねばならぬというのに)

 ランセオン宮殿の地下演武場。だだっ広いこの稽古場に居るのは、ヴェルただひとり、

「ふぅ~ん。そぉ~なんだ~」

 ではなかった。

 扉に身を潜めて半身だけをこちらに向ける、学園都市スレイツェン初等部の黄色い制服を着た幼い少女――リッカ。

 その表情は悪戯を思いついた時のような悪い笑顔。

 ヴェルはしまったと思った。ある意味最も聞かれたくない者に聞かれてしまったのだ。

「ヴェルナクス君ってば、結構ウブなんだねぇ、可愛いなぁ~」

「お、お前こそ身体の方はもういいのか?」

「ボクはもうこの通りだよっ。なんてったって紅き魔女なので」

 リッカは演武場の中にぴょこんと飛んで入ると、その場でくるくる回転してみたり、ダンスのステップを披露してみたりと、その元気っぷりをヴェルに見せた。

「……あ、でも〝元〟魔女かな」

 ヴェルは、言うリッカの瞳の変化に気付いた。

 それまで紅玉のように透き通った真紅をしていた瞳の色は、クローディアにも似た空色へと変わっていた。

「もう、聖女ではないのか?」

「それはこれから上に行けばわかるよ。ヴェルの恥ずかしい発言について色々質問したいところだけど、ひとまずそっちは後回し。ちょっと来てよ、面白いものが見られるからさ?」

 リッカに手を引かれ、ヴェルは城のテラスへと出た。

 既にそこには大勢の騎士が集まっており、しきりに空を眺めていた。

 ヴェルも合わせるように空を見る。

 そこにあったのは見慣れた青空だけではなく、大きく投影された二人の人間の姿だった。

 それがクローディアとリューシンガであることにヴェルが気付くのには、一瞬と時間を必要としなかった。

「なんだ、これは?」

 ヴェルが尋ねると、リッカは「空を見て」と指差す。

 浮かぶ疑問をひとまず収め、ヴェルは空に注目した。

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