ACT55 ヴェルナクス

「やっぱり駄目ですよね。ごめんなさい、この話は無かったことに――」

「いいぞ」

 立ち去ろうとしたクローディアを、ヴェルが引き止める。

「あ、だから……ちゃんとした剣術、教えてやってもいいぞ、うん」

「本当ですか! ありがとうございます、ヴェルナクス先輩!」

 それから二人は剣術の稽古に励んだ。

 剣術部の活動の後でも二人きりで人目のつかない校舎裏や、立ち入り禁止区域である古城の敷地を選んでこっそりと続けた。その頃から〝誰も居ないはずの古城から声が聞こえる〟と噂が立ち、やがて尾をつけた噂は古城の幽霊騒ぎにまで発展してしまった。

 瞬く間に広まった噂は古城へと興味本位で入ってくる学生を増やしてしまい、一時期は稽古そっちのけで秘密の練習場探しに二人は躍起になった。

 先輩と後輩という関係だった二人が剣術を通して師と弟子になり、そしてそれが恋仲に至るまではそれ程の時間を必要としなかった。

 だがその関係は長続きしなかった。

 ヴェルから一方的に関係の解消を強いたのだ。

「別れよう」

 稽古に励んだ古城の庭園で、ヴェルはクローディアにそう告げた。

「もう、一緒には居られない。君が悪いわけじゃ無いんだ」

「どうして?」

 ヴェルは忘れない。

 涙を浮かべるクローディアの顔を。

 その理由をヴェルは告げなかった。

 例えそれが、クローディアを思ってのことであったとしても。

「……すまない」

 それしか言えないまま、ヴェルはクローディアから去った。

 だからこそスレイツェン行きの任務を与えられ、三年ぶりに会えると知ったときは本当の想いを伝える機会だと思った。決して嫌って去ったわけではないことを、今でさえそれを後悔していることを。

 そして何よりクローディアの言葉に自分が救われたということを。

 しかし同時に怖くもあった。

 理由があったとはいえ彼女を裏切ったのは他でもない自分自身。そんな自分がもう一度彼女と顔を合わせたところで、ただ彼女の気持ちを逆撫でするだけではないだろうか。

 いざスレイツェンへ赴く列車に乗り込み、学園へと足を運ぶ時になると、むしろそちらの気持ちの方が強くなった。

 そして、現実はその悪い予感の通りになった。

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