ACT41 鳥のように

 鉛のように重たい目蓋を、おもむろに開いた。

 円形の小窓から差し込む眩い陽光が目に飛び込んでくる。

 どうやら懐かしい夢から目覚めさせたのはこの光らしい、とクローディアは夢と現実の境界を彷徨いながらぼんやりと思う。

 何処からか響いてくる鼓動のような重低音が心地良かった。その音が再び夢の世界へと意識を導き、誘惑に負けてクローディアは再び目を閉じる。

(私は、どれくらい眠っていたのだろう――)

 もぞもぞと引き寄せる毛布にささやかな幸福を感じつつ、クローディアは半分ほど覚醒した頭で考える。

 疲れが抜けきらないせいで身体が重たい。こんなにも疲れたのは久しぶりだ。発端はあのリッカとかいう少女。彼女が現れてからこの二週間というもの、それまでゆっくり流れていたはずの時間が急に加速を始めて、それからは毎日が目まぐるしかった。極めつけはヴェルだ。突然、あいつがやってきて退学を言い渡して、そのままランセオンに連れて行かれた。

 そして一息つく間も無く晩餐会に呼ばれて、それから、それから――

(……それから、私はどうなったの!?)

 湧き出た疑問に、クローディアの眠気は一気に吹き飛んだ。

(急に暗くなって、悲鳴が聞こえた。それから……駄目だ、思い出せない)

 飛び起きて周囲を見る。

 眠っていたベッドと、机の一式があるだけの殺風景な部屋。等間隔に並ぶ二つの小窓から差し込む日の光が部屋を照らし、クローディアの純白のドレスにあしらわれた装飾を輝かせている。

(ここは、何処?)

 毛布を振り払って立ち上がり、クローディアは窓に歩み寄る。

 そして窓の外に広がる光景を見て、愕然とした。

 見上げているはずの綿雲が、真横に浮かんでいたのだ。

 下方を見れば絵画のような深緑と褐色の大地。

 点々とする住居はまるで玩具のようだ。

「と、飛んでる!?」

 驚きのあまり、クローディアは素っ頓狂な声を上げてしまった。

 声を聞きつけたのか、誰かが部屋の扉を叩いた。

 振り向き、クローディアは楕円形をした金属の扉に向かって「はい!」と答える。

「……お目覚めでしょうか?」

 若い青年の声だった。

「ええ、はい……」

「開けても宜しいでしょうか?」

「どうぞ」

 入って来たのは、聖典騎士団の白外套を着る褐色の青年だった。結ばれた赤い長髪に真鍮製の作業用眼鏡を乗せている。

 クローディアは何処かその青年にヴェルの面影を感じた。

 だが自分より頭一つ高いヴェルとは違って、目の前の青年はクローディアと同じ目線だった。体格もいささか騎士というには頼りない。まるでヴェルを幼くした印象さえ受ける。

「……ヴェルナクス?」

 そう思わず零してしまうクローディアに、青年は笑って応える。

「ヴェルナクスは自分の弟です。自分はあいつの兄でルーゼイ・エスカウィルと言います。でも弟の方が自分より老けて見えるらしいんですよ。ヴェルの方が兄だって間違えられるんです。不思議ですよね、五つも歳が離れているというのに」

 その口ぶりにクローディアは笑う。

「確かに、弟さんの方が老けて見えますね」

「やっぱりですか……ええと、それはともかくご案内いたします。目が覚めたら艦橋に連れてくるようにと仰せつかっておりますので」

 言われ、クローディアはルーゼイについていくように部屋を後にした。

 扉の向こう側は人がようやくすれ違える狭い通路だった。そこにも部屋と同じ丸い小窓が並んでいて、その先に広がっている青空を映し出している。

「ところでルーゼイさん。私達は今何処に居るのですか?」

「スレイツェン上空です」

「上空? つまり空の上ということですか?」

「驚きましたか? 我々は今、空を飛んでいるのですよ。鳥のようにね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る