ACT42 空の果てへ
狭い通路の突当り。金属製の階段を上がって艦橋へ。
急に開けた視界に、クローディアは感嘆の溜め息を漏らす。
足元から天井に至る巨大な半球状の窓に、雲の掴めそうな空が一面に広がっている。艦橋は劇場の客席のように段がついていて、操船機器の数々が整然と並んでいた。中央には船の舵らしき円環のついた機械も見える。
「隊長、お連れ致しました」
ルーゼイの声に、乗員の騎士達が一斉に振り返った。
息を合わせたかのように全員が同時に敬礼する。
ルーゼイがそれに返し、それから艦橋を見下ろせる位置にある最上の座席に座る者に対して、ルーゼイは改めて敬礼した。
隊長と呼ばれた男は立ち上がり、気高い狼を髣髴とさせる青灰色の鋭い目でクローディアを見た。
聖典騎士団最精鋭の〝四番隊〟を率いる隊長にして聖女守護将のひとり。そしてクローディアの唯一の肉親で、尊敬する最愛の兄である男――リューシンガ・クロリヴァーン。
「リューシンガお兄様!」
何年と目にすることの出来なかったその姿に、クローディアは他の目も気にせず駆け寄り、彼の胸元へと飛び込んだ。クローディアはその長らく忘れていた感触にこれ以上ない安心と幸福とを覚える。その目からは嬉しさのあまり涙が零れ出ていた。
「久しいなディア。息災であったか?」
言ってリューシンガは、クローディアの頭を優しく撫でた。
「お兄様こそ、お変わりなく何よりです」
「怖い思いをさせてしまったな。多くのことが突然に訪れて困惑もしているだろう。だがひとまずこう言わせてくれ、我等が空駆ける船〝聖女の翼〟へようこそ、クローディア」
「信じられない、こうして空を飛べる日が来るなんて」
「これらは全て、シュナウル・アスキスの作り出したものだ」
「ではお兄様も、やはりアスキス先生の〝計画〟に?」
クローディアの問いに、リューシンガは口を閉ざす。
それからややあって、重い口ぶりで切り出した。
「……我等兄妹には辛い事であるが、我等はあの男と、そして聖典騎士団と袂を分かっている。今や我々にとって聖典騎士団は敵だ」
「敵……?」
「お前にはまず、世界の真実を知ってもらおう。話はそれからだ」
リューシンガは、それまで自分の座っていた船長席をクローディアに譲った。
「前進微速。針路――〝空の果て〟」
クローディアの隣に立つリューシンガが命令する。
それに応じて乗員達が「宜候!」と声を合わせて忙しなく動き出す。
各々がそれぞれの操船機器を動かし、やがて風に流れていただけの空舞う船が自らの力で空の上を目指し始めた。
空を昇る――その初めての感覚にクローディアは恐怖を覚え、座席の手摺を強く握り締めた。横に動じず立つリューシンガが、震える妹の手に自らの手をそっと重ね「案ずるな」と優しい笑顔で落ち着かせた。
雲は更なる下へと落ちていき、次第に東の大陸がその全体像を露わにした。
木々の緑や大地の褐色、青々とした湖に白く雪を被る中央山脈。そうした命の彩を見せる地図通りの形をしたエクザギリア。
かたや海を挟んだ反対側。まるで影を置いたかのように黒く濁った、あらゆる命の絶えて久しい西の大陸デザンティス。
「これがお兄様の言う〝世界の真実〟なのですか?」
問うクローディアに、リューシンガは首を横に振る。
「いいや。さあディア、上を見てごらん」
言って、リューシンガが上空に指を差した。
言葉に従い、クローディアは空の先を見上げた。
「…………え」
空の上には――
天井があった。
更に上にまだ空が続いているものだとクローディアは思っていたが、それが錯覚であることに気づく。
そこにあったのは、巨大な半球状をしたカンバスに描かれた、巨大な天象儀のようなゆっくりと動く空の絵だったのだ。世界を明るく照らし出す太陽ですら、その天井に描かれたものでしかなかった。
「これが空の果て……世界の真実」
「そうだクローディア。この世界は、蒼く描かれた天井を偽りの空として仰ぐ、巨大な構造物の中に造られているのだ。今よりも遥かに進んだ技術力を有していた古代の人類は、それまであって世界を捨て、自分達で作り上げたこの〝揺り篭〟の中で〝聖女〟という管理者に行く末を委ねてこれまで命を育んできたのだ――」
と、船内に警報が鳴り響いた。
「隊長、空が落ちます!」
ルーゼイが叫んだ。
「落ち着け、距離は遠い――丁度良い、ディア。その様をしっかりと目に焼きつけるのだ」
リューシンガの言葉に、クローディアは空を注視した。
剥がれ落ち、落下していく無数の天井の欠片。
それらは巨大な岩石となって炎を纏い、崩壊したデザンティスへと降り注ぐ。
「わかるかディア。あれが紅き魔女ジゼリカティスの災厄――〝降星雨〟の正体だ」
「降星雨は、彗星ではなく、空の破片の落下が原因だった? では紅き魔女はこの天井の破片を落としてデザンティスを滅ぼしたのですか?」
「何が落ちたのかは、真実の入り口に過ぎない。重要なのは、何故落ちたのかだ。確かに紅き魔女ジゼリカティスの力がデザンティス崩壊の決定打とはなった。だが紅き魔女にはそれだけのことをする動機があった。世界を救うという動機がな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます