【第4章―揺り篭―】

ACT39 兄と妹

 光を感じて目を開ける。

 白い天井。

 と、一人の少年が顔を覗きこんできた。

 銀糸のような髪に青灰色の瞳。端正な顔立ちは、兄妹であるにもかかわらず、あまり似ていない。確かに今こうして目を覚ました幼い金髪碧瞳の少女は彼を兄と慕い、そして少年は彼女を妹と思っている。二人は同じ故郷で生まれ、そしてその故郷は降星雨の欠片で壊滅した。そしてひとりの聖女の騎士に救い出され、兄妹として育てられた。それより過去のことは、二人共知らなかった。

 銀髪の少年は、妹が目を覚ますと安堵の息を漏らした。

「セシル先生! ディアが、クローディアが目を覚ました!」

 ただ夢の中を泳いでいただけなのに、どうして兄はこんなにも喜ぶのだろう。

 幼い妹のクローディアは不思議に思う。

(ここは、どこだっけ?)

 学園都市スレイツェン。

 医務室。

 ベッドの上。

 お兄様。

 そうしてひとつひとつをゆっくりと確かめながら、クローディアは自分の置かれている状況を理解し始めた。

 ただ眠っていただけではない。自分は、気を失っていたのだ。

(だけど、どうして?)

 そこが曖昧で思い出せない。

「おはよう、クローディアちゃん。私はわかるかしら?」

 投げかけられた言葉に、こくりとクローディアは頷く。

「セシルせんせい」

「今度こそ駄目なんじゃないかって心配したんだぞ、ディア」

 クローディアはそう言う銀髪の少年、兄のリューシンガを見る。

「……ごめんなさい。おにいさま」

「話は全てリューシンガ君から聞いたわ。それから、倒れていたあなたの横にこんなものが落ちていたんだけれど、心当たりはあるわよね?」

 横たわるクローディアの目の前に、セシルが分厚い革張りの本を掲げて見せた。

 表紙には〝聖典術〟の文字。それがアスキスの研究室の書斎の何処にあって、棚の何段目の何冊目にあったのかまで、クローディアは答えることができた。

「そのほん、ディアしってる……」

「それから、これもあったぞ。保管庫は開けたら駄目だってアスキス先生に言われていたよな、ディア?」

 続いてリューシンガがクローディアの前に立つ。

 そして右手に握っている物をクローディアに見せた。アスキスが現役時代に使っていた、そして今は研究資料となっている一振りの聖典刀であった。

「アスキスせんせい、いってた……」

 リューシンガとセシルは、同時に深く溜息を吐いた。

「女の子が聖典術を使ったら死んでしまうって、アスキス先生言っていたろ! ディアお前、忘れたのか!?」

「だって……だってぇ……」

 叱られたクローディアは、両目に大粒の涙を浮かべる。

 と、医務室に事件を聞きつけた壮年の教師ラッケンガムが飛び込んできた。ランセオンへの出張でアスキスが不在の為、兄妹を預かっていたのはラッケンガムだった。

「大丈夫か、クローディア!」

「ああ、ラッケンガム先生……この通りですわ。命に別状はありませんが」

「実に申し訳ないセシル先生。儂が少し目を離してしまったが為に……」

「ラッケンガム先生は悪くありません」

 リューシンガが厳しく言った。

「悪いのはディアです。アスキス先生の言いつけを破って、保管庫は勝手に開けるし、読んではいけないと言われていた聖典術の本は読むし!」

 リューシンガの叱責に、とうとうクローディアは堪え切れずに涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして泣き出してしまった。

「だって、だってぇ! ディアも〝せいてんじゅつ〟をつかってみたかったんだもん!」

「聖女の騎士でもないお前が使ってどうするんだよ!」

「ディアもおにいさまといっしょに〝せいじょのきし〟になりたかったんだもん!」

「ははあ、なるほど。クローディアはリューシンガの真似をしていたのだな」

 ラッケンガムが言い、リューシンガへと向く。

「時にリューシンガよ。あのアスキスの保管庫の鍵はどういう原理だったかね?」

「聖典術を使って鍵を掛けます」

 リューシンガは答える。

「うむ。そうであったな。アスキスがあの保管庫に施していた聖典術は、扉が閉まると自動的に施錠されるという非常に高度な仕組みとなっていた。間違いないな?」

「ええ、その通りですが……」

「クローディアは女の子だ。そして聖典術を使うことを試みたが故に、こうして命を落としかけた。はて、ではクローディアはどうやって保管庫からアスキスの聖典刀を持ち出したのであろうな?」

「…………」

 その問いにリューシンガは答えられなかった。

 クローディアが容易に聖典刀を手に取ることの出来る状況を作った者。それは他でもないリューシンガだったのだ。彼には心当たりがあった。聖典騎士団入団試験を控えていたリューシンガは、聖典術の練習をする為に保管庫からアスキスの聖典刀を取り出して、使っていた。だがその後、保管庫の扉の確認を怠っていたのだ。

「……僕のせいだ。僕があのとき、扉が閉まっていることを確認しなかったから」

「そうだな。だから今回はお前も反省せねばな、リューシンガ」

「はい、ラッケンガム先生。……ごめんな、ディア」

 言ってリューシンガはクローディアの頭を優しく撫でた。

「ううん。いいよ。ディアもアスキスせんせいとのやくそく、やぶっちゃったもん」

 クローディアも返すようにリューシンガの頭に頑張って手を伸ばし、撫でた。

 その様子をラッケンガムとセシルが微笑ましく見ていた。

「兄が兄なら、妹も妹ね。ですよね、ラッケンガム先生?」

「全くだ。しかし――」

 ラッケンガムはセシルから受け取った聖典術の学術書を開き、捲る。

 その分野に長けたラッケンガムであっても全てを理解するには長い時間を要するような内容だった。本来ならば他の学術書と組み合わせて纏めることでようやく実践できるような形となる。

 だがクローディアはこれだけを読み、更に聖女の騎士でなければその扱い方すらわからないはずの聖典刀を使って、聖典術の発動にまでこぎつけたのだ。

「――信じられんよ。クローディアはまだ八歳だぞ」

 驚愕するラッケンガムを横目に、兄妹は仲良く笑っていた。

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