ACT38 夜闇に消える銀翼
「何事だ!」
当初は何かの演出だろうと考えていた者達も、主催者であるメルディアットの発した叫び声にこれが用意された物ではないことを知る。
場を沸かせていた歓声はやがて、怒号や怯え声へと変わっていき、困惑と恐怖とが舞踏室を支配した。
月明かりの差し込む窓に、うっすらと影が映ったのをヴェルは見逃さなかった。
瞬間。
窓硝子が一斉に割られる。
呼応するかのように広がっていく悲鳴や絶叫、食器の砕ける音、机や椅子の動き倒れる音がその場を更なる混沌へと導いていく。
その最中でヴェルは恐怖に高鳴る鼓動を抑えつつ、冷静に状況を読み取っていた。
ナイフやフォークではない、金属同士のぶつかり擦れ合う甲高い音が耳に届いてくる。
剣戟――これは、襲撃だ!
(何故と考えている暇は無い。応戦せねば――)
ヴェルはすかさず左腰に手を伸ばす。
だがこの晩餐会に客人として招かれていたヴェルの腰には聖典刀が無かった。
それは他の騎士も同様だった。
対応できているのは、場の警護を任されていた極僅かな護衛のみ。
聖典術〝耀けし刃〟の光を帯びた聖典刀の刃だけが闇の中に浮かび上がり、金色の刃と刃が切り結び、或いは物や人を無差別に斬り裂いていく。
手元に何とかナイフを探り当てたヴェルは、クローディアとリッカの居た場所へと駆けた。
しかしその位置は舞踏室の対角線、最も遠い位置にある。
この際構うものかと、ヴェルはテーブルを飛び越えた。
白いテーブルクロスが引き千切られ、食材に彩られていた高級な食器や酒が砕け散る。それらは暗闇の中では障害でしかなかった。
「クローディア!」
「クローディア!」
ヴェルが叫ぶ。だがそう叫んだのはヴェルだけではなかった。
もう一人は、リッカだった。
窓を背にしていたリッカは襲撃を間近で受けていた。
身体中に痛みを知らせる電撃が迸る。感触からして割れて飛び散った無数の硝子片が突き刺さっているのがわかる。だがしかし、それよりもリッカはクローディアの身を案じていた。
(まさか、殺されてなんていないよね……クローディア)
リッカはいち早く確かめたかったが、無暗に聖典術を使うわけにはいかなかった。
聖典術同士の戦いが繰り広げられている今は、敵も味方も発動に敏感だ。下手に強力な聖典術を発動すれば注意を引きかねない。
リッカは月明かりを頼りにクローディアの姿を探す。
だが、見つからない。
ついさっきまで真横に居たはずのクローディアの姿が、無い。
倒れているのだろうか。それとも衝撃で何処かへ飛ばされてしまったのだろうか。
探すリッカの腕を誰かが掴んだ。
そちらを凝視。
暗がりの中だったが、慣れ始めた目がなんとかその顔を確認する。
ヴェルだった。
「リッカだな!?」
「ボクは大丈夫。でもクローディアが……クローディアが居ないの!!」
「なんだと!?」
剣と剣がぶつかり合う耳障りな金属音がふっと止んだ。
辺りが急に静まり返る。もはや呻き声以外の音は聞こえない。
と、襲撃者らしき集団が窓から消え去っていくのをヴェルとリッカは見逃さなかった。追おうと駆け寄ってみるが、ヴェルにはそれが何なのかわからない。
しかしリッカだけはその姿をはっきりと認識することが出来た。
(銀色の巨大な鳥……いいや、翼を持つ船か)
その巨大な船体を聖典術によって巧妙に隠し、音も無く夜闇に紛れて消えて行く。
胸騒ぎがした。
「おねえちゃん……まさか」
増援に駆け付けた騎士達が明かりを持って舞踏室になだれ込んできた。
各々の持つランプがその惨状を残酷に照らし出す。転がる幾つもの惨殺死体。
地位は関係無い。ただ人間として平等に切り刻まれている。シャンカルスのような貴族はおろか、知力と武力のいずれにも長けているはずの騎士すらも成す術も無く凶刃に倒れていた。ダーシェルは腹から背中へと貫かれ、メルディアットには首が無い。他の死体も同じようなものだった。極一部の人間だけが、傷つきながらもその場で息をすることを許されている。
「リッカ――」
ヴェルは、ランプの光に照らされたリッカの姿を見て驚愕する。
「……お前、リッカだよな?」
背中には硝子片が大量に突き刺さっており、純白のドレスは夥しい出血によって真っ赤に染まっている。
それだけではない。右胸に穿たれた聖典刀はまだ彼女の身体に留まったままで、あろうことかリッカはそれを自らの力で引き抜いている真っ最中だったのだ。負った傷はこの場に死に伏す者と変わらない。
しかしリッカは、自身の身体から抜き取った聖典刀を眺めながら〝癒せし煌めき〟の聖典術で冷静に傷を癒していた。
「ええ、リッカ・クロリヴァーンよ。だけどそれは二番目に多く呼ばれる名前……」
「き、君は一体、何者なんだ?」
思わずヴェルはリッカに問う。
「ボクは。いいえ私は……〝紅き魔女ジゼリカティス〟よ、ヴェルナクス」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます