ACT37 地位と名誉

「もしよろしければ、ここにお集まりの皆様に、貴女方を紹介しても良いかな?」

「え? あ、はい……」

 メルディアットに言われるがまま、リッカとクローディアは立ち上がる。

 数百もの顔が一斉にこちらを向いた。

 授業で人前に立つことに慣れていたクローディアではあったが、教室とはわけがちがう。周囲に居るのは皆、クローディアとは位の違う大貴族や聖女の騎士でも上層部の者達ばかりだ。それを考えれば考える程クローディアはたじろぎ、緊張に身体を強張らせていく。

「諸君。ここに居られる二人の麗しき女性は我等が聖典騎士団の期待の星、四番隊の若き英雄リューシンガ・クロリヴァーンの妹君、クローディア様とリッカ様だ。このような未来を担う若き逸材をこの場に招くことが出来たことを、私は大変嬉しく思う」

 メルディアットの拍手に合わせ、拍手と歓声が沸き起こった。

 二人はそれぞれ歓迎に照れつつ、丁寧に会釈をして返した。

「ところでお二方。特にクローディア様は、気になる殿方などは居られるのですかな?」

 何処からともなく飛んできた質問に、クローディアはぎくりと肩を揺らした。会場の隅で同じように肩を揺らしていたヴェルの方へと、自然に目が行ってしまったことにクローディアは後悔。

 ヴェルも、居心地悪そうに咳払いをした。

「え、ええと……そういうのは、まだあんまり」

 そう返すクローディアに、リッカがくつくつと笑った。

「おやおやシャンカルス殿。早くも目をつけられるとは、いやはや流石ですなぁ!」

「私の倅も良い齢ゆえ、そろそろ本格的に相手を探さねばと思いましてな」

(シャンカルス……エクザギリア蒸気運輸公社総帥のシャンカルス氏か)

 クローディアは顔を見て思い出す。

 その名には聞き覚えがあった。聖典騎士団の下、エクザギリア国の運輸事業を纏め上げるエクザギリア蒸気運輸公社の総帥。その男は戦後、運輸事業を基盤に急激な成長を遂げた大貴族シャンカルス家の当主だった。

 だが何処でその名を聞いたのだろうと考えれば、学園都市スレイツェンの書店で見かけた経営学の本の著者だった。少し興味が湧いて読んでみたが、クローディアでも笑ってしまうような稚拙な内容だったことで記憶に残っていたらしい。

 それもそうだ、商店街で対面している飲食店と違ってエクザギリア蒸気運輸公社には競合企業が存在しない。しかも聖典騎士団に護られた公共企業体なのだから努力せずとも潰れる心配が無い。言うなれば聖典騎士団に尻尾を振る犬畜生同然の企業の総帥が書くのだから経営学もあったものではない。そんな甘っちょろい経営だからいつまで経ってもエクザギリア大陸鉄道の客車はあんな岩石の削り出しのような乗客殺しの座席なのね、とクローディアは一人納得する。

「タマノコシだよ、おねえちゃん?」

 リッカが小声で言う。

「ば、馬鹿なこと言わないでよ」

 クローディアも表情を変えず小声で返す。

「だよねぇ。ヴェルがいるもんねぇ?」

「う、煩い」

「おっとシャンカルス殿。聞き捨てなりませんな」

「そういうことでしたら是非私の倅を」

「私のところにも是非」

「いやいや私のところにこそ」

「なら私は妹のリッカ様を……」

 いつの間にか晩餐会は、姉妹の婚姻を巡る貴族達の争奪戦会場へと変わっていた。

「えっと……その……私は、どうすれば?」

「とりあえず片っ端からお見合い受けてみれば?」

 困惑するクローディアとは裏腹に、リッカはこの状況を心底楽しんでいた。


 だが舞踏室には、この余興を全く楽しめないでいる一人の男が居た。

 ヴェルナクス・エスカウィルである。

(もう自分には関係ないことだ)

 そう首を振りつつもどうしても状況が気になってしまう。つい目の前に並べられた料理にフォークを突き刺す力も強くなってしまい、次の瞬間には折ってしまった。隣の騎士がぎょっと目を丸くする。

「是非とも我が息子と」

「リッカ様もいずれはお美しく」

「クローディア様はお綺麗だ」

(獣だ、こいつらは)

 聖典騎士団で最も有望視された兄を持ち、自らも僅か十八歳にして騎士団指南役補佐という大役を任される程の才女。それ程の逸材を聖典騎士団に媚を売りたいが為にこの場にやってきた腐れ貴族共が欲しがるのは当然のこと。

 だが奴等は誰もクローディアを人間として見ていない。欲しいのは着る地位と名誉という名の高価なドレス。クローディア自身の事など、それを着せる為の人形としか思っていない。

(……だが、俺は違う)

 わあわあと盛り上がる舞踏室の中、ヴェルはおもむろに立ち上がった。

 そしてワイングラスを床に叩き付け、その場を制する。

「俺こそが――」

 意を決してそう言い放とうとした、その時だった。

 風が吹いた。

 しかし窓は全て閉め切られている。

 その風が聖典術〝流れし大気〟によるものだとヴェルや他の騎士達が気付いた瞬間、風が舞踏室のシャンデリアやランプといった明かりを灯す瓦斯灯の炎を全て消し、暗闇に包まれた。

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