ACT36 晩餐会

「そ、そうなんだ。まぁいいんじゃない?」

 クローディアは少しだけ顔を赤らめた。

 妹が出来た。悪い気はしない。むしろ嬉しく思う。だが悟られるのはなんとなく癪に思えたので、表情には出さなかった。

「べ、別に私だってリッカのことは別に嫌いってわけじゃないし、それにまだ知りたいことは山積みのままだし。傍に居てくれた方が何かと利用価値があって良いと思うわ、うん」

「んもう、素直じゃないなぁ」

「……ねぇ、今となっては当たり前のように私のところに居るけれど、もしも二週間前、あの学園の古城で私が偶発的にリッカを見つけていなかったとしたら、どうしていたの?」

「遅かれ早かれ、ボクはクローディアに出会っていた。あの古城で見つけて貰わなくても、例え風の吹くまま気の向くままであっても、ボクとクローディアは出会う運命にあった」

「どうして?」

「オトメのヒ~ミツっ♪」

 言ってからリッカは、首を横に振った。

「……ううん、それはもういいかな。アスキス先生にも会えたことだし、そろそろボクの全てを君に打ち明けようと思う。実はねクローディア、ボクは――」

「失礼致します」

 給仕が二人を遮るようにして料理を並べ始めた。

「……とりあえず、後でね。リッカ」

「そうだね、後で」

 並べられた料理はどれも見た目を繕うのに苦労したであろう物ばかりで、まるで触れれば壊れてしまいそうな美術品のようだとクローディアは思った。何処からどうやって手をつけるのが正解なのか、しばし悩む。

 一方でリッカはそんなこと御構い無しといった手つきでがつがつと料理を平らげていく。その様子を周囲の大人達が微笑ましく眺めていた。

「良い食べっぷりだ」

「茶目っ気があってよろしい」

「子供はこれくらいの方が良いのだ」

(幼いリッカならまだしも、私は十八歳なのよクローディア・クロリヴァーン……)

 自分が同じような事をすれば品格を疑われる。下手をすればその悪評は恩師たるアスキスの名を穢してしまいかねない――そう考えつつ、クローディアは手元にあるナイフとフォークを手に取り、苦戦しつつも丁寧に目の前の皿へと手をつけた。

 料理は期待したほどの味ではなかった。不味くは無いが美味くも無い。というよりも味を楽しんでいる余裕が無い。とはいえ胃に何か収めておかなければとの思いでクローディアは次々に運ばれてくる料理へと手を伸ばした。

「お嬢様方、料理は口に合いますかな?」

 背後から急に声を掛けられたエリヴィアは、思わずむせ返った。

 ナプキンで口を拭いつつそちらを見る。

 白外套を身に纏い、口にはたっぷりと髭を蓄える初老の男。今夜の主催たるザスティーク・メルディアット騎士団長その人だった。姿に驚き、クローディアは口をぱくぱくとさせる。

「あ、あのあのあのあのあの……」

「驚かせてしまったかな。これは失礼した。見ての通り私の宴にはあまり若い方が居られないものでね。若く聡明なお二方に、つい御挨拶に伺いたくなってしまったのだ」

「えっと、その、あの……」

「もうちょっと塩味が利いていた方がボクは好みかなぁ」

 緊張でまごつくクローディアを横目に、リッカが歯に衣着せぬ物言いで答える。

「でも、ボクとしてはトロカテア焼きが大皿一杯に出てきてくれた方が幸せだね!」

 リッカの言葉に、メルディアットは豪快に笑った。

「なるほどトロカテア焼きとは懐かしい! 私も若い頃はよく食ったものだ。あそこに見える長髪の男が見えるかね。奴は私の部下でダーシェルと言うのだが、かつてあやつとトロカテア焼きをどれだけ食えるかと競ったことがあるのだ!」

 リッカとクローディアは、同時に示された席を見た。

 メルディアットと同年代程の長髪の男が周囲の騎士達と談笑をしている。メルディアットに呼ばれると、男はこちらを振り向いて会釈した。それに対して二人も深々と返す。

「ダーシェル……聖女守護将の一人にして、二番隊隊長」

 クローディアは一人呟く。

 目が合った瞬間、思わず息を呑んでしまった。

「それで、どっちが勝ったの?」

「無論この私だ。もっともお互い暫くはトロカテア焼きを見たくも無かったがな!」

 メルディアットの発言に、舞踏室がどっと湧いた。

「……騎士団長閣下、少々不躾な質問をお許しください」

 クローディアが切り出す。

「この晩餐会に四番隊隊長リューシンガ・クロリヴァーン様は居られないのですか? 二番隊隊長であらせられるダーシェル様など、聖典騎士団の錚々たる方々のお顔は御見かけ致しますが、先程から兄の姿が見当たらなくて……」

「貴女が心配されるのも当然だろう。いずれは私に代わってこの聖典騎士団を率いていくであろう若き英雄を差し置いて、このような宴を執り行うなど万に一つも有り得ますまい。今や誰もがリューシンガの活躍に期待を寄せているのだからな」

「では、お兄様も?」

「うむ。しかし、本来ならば本日中に任務から帰還する予定となっているのだが、なるほどやはり主役とは遅れて登場するもののようだ」

「……会えるんだ、お兄様に」

 クローディアは胸を撫で下ろす。

(こうして騎士団指南役補佐という大役を担ってこの場に居ることを、お兄様はどう思うだろう。きっと祝福してくれるに違いない。いつか聖女の騎士として肩を並べ、或いは支え、人々を救いたい。それを夢見てここまで歩んできたのだ。だからこそお兄様には最初に報告したい……)

 クローディアは、そう考えながら主役の登場を待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る