ACT32 リッカの雨

 確かめなければならない。

 世界を救えなかった。

 あの戦争を引き起こしてしまった。

 愛する民をその手に掛け、あまつさえ大陸すら滅ぼしてしまった。

 その愚を犯して尚、私はまだこの世界で存在し続けている。

 その理由を、知らなければならない――

 

 リッカは、永遠に続くかのような螺旋階段をひたすらに駆け上がった。

 その階段の行きつく先はランセオン宮殿の最上階。蒼き聖女ウェンデレリアのまします玉座の間。そこへと誰も通さないはずの警護の騎士達は、目の前を駆け抜けるリッカに見向きもしない。

 彼等にはリッカの姿が見えていなかった。

 それは蒸気馬車が宮殿に到着した時から発動されていた。クローディアやヴェル、馭者達に対してリッカはこっそりと催眠聖典術〝狭窄せし意識ツエグス・ラ・シトニフ〟を使って、行動を起こした。こうなれば暗示を掛けられた相手は、いつの間にかリッカが消えていたという錯覚に陥る。

 やがてリッカは、玉座の間らしき部屋へと繋がる扉の前に辿り着いた。

 妙な気分だった。

 居るのは確かに宮殿の頂上。

 しかし、そこは地下に居るかのようなひんやりとした空気に満たされている。

 窓も無く、明かりは申し訳程度に光るランプが点々とするのみで、辛うじて手元が見える程度。絵に描いた絢爛豪華な玉座のそれには程遠く、まるで囚人を捕えておいたほうが余程似合いな牢獄のような光景だった。

 固く閉ざされた鋼鉄の扉に、リッカはそっと手を触れる。

 すると扉に刻まれていた図形を組み合わせた模様の聖典術の刻印が青白く輝き、迸る光がその刻印の中を駆け抜けた。そして、がこん、と重たい何かに外れていく音が響いたかと思うと、直後、到底人力では開くことの出来ないような重厚な扉がひとりでに開いた。

 リッカはその誘いに乗るようにして一歩、また一歩と部屋の中へと歩みを進める。

 飛び込んできた光景――

 無数の導力管がうねる天井、壁、床。

 機械的な光を発する制御装置の数々。

 今迄の世界から切り離されたかのように、そこは時代錯誤の機械で溢れ返っていた。現代に於いて最新技術とは蒸気機関の代名詞だ。このような技術が既に存在していることなど、まだ知る由も無い。

 だがこの部屋はその正体を知りつつも未だ空に轟く自然現象でしかないはずの電気を動力として動いている。それも、高度な処理と制御を行うによって。

(間違いない)

 リッカは確信して奥へと進む。

 導力管は全て部屋の中央へと収束され、一本の太い管となって液体に満たされた円筒形の硝子の容器へと繋がっていた。リッカは、その中で眠る少女の姿を見つける。

 それは、玉座と呼ぶには余りにも残酷な光景だった。

「……リア」

 リッカは、その自分と瓜二つの姿をした少女の名を呟いた。

 たゆたう液体に身体を預ける容器の中の少女、リアは目蓋を固く閉じたまま安らかな表情で眠り続けている。しかしその身体は銀色の触手に縛り上げられ、まるで磔にされ、晒し者となった罪人のような姿だった。

 その頬に触れようと手を伸ばすものの、リッカの細く白い指は透明な硝子に阻まれ、姉妹は触れ合うことを許されない。

「ボクの、私のせいだ。私のせいで、こうなってしまったんだ」

 膝から崩れるリッカの真紅の瞳から大粒の涙がいくつも零れた。

 最初は手で掬い取れる程度。だがその手が震えだし、呼吸もままならず嗚咽交じりの声が自然に漏れ出ると、とうとう頬を伝って流れ落ちるそれは銀色の床を濡らしていった。声にならない声でリッカは彼女に向けて何度も謝罪の言葉を繰り返しながら、込み上げる感情に身を委ねるようにして咽び泣いた。

「やはり、ここに居たな」

 優しく掛けられた背後の声に驚き、リッカの雨はぱたりと止む。

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