ACT33 ウェンデレリア
立ち上がり、リッカはおもむろにそちらを振り向いた。
眼鏡を掛けた男の空色の瞳が、憂いた目でリッカを眺めていた。
「……シュナウル・アスキス」
「初めまして。いいや、それとも久しぶりと言った方がいいかな?」
言ってアスキスは、リッカに右手を差し出した。
リッカは瞬時に理解する。
それがただ握手を求めているだけの手ではないということを。
アスキスは自ら望んでいるのだ。
自分の心を読め、と。言葉を交わすより早いだろうとでも言うように。
従い、リッカはアスキスの手を取った。
直後、流入してくる意識と記憶を拒絶するようにリッカは即座に手を放す。
「そんな……まさか、そんなことって」
「驚いたかい?」
「それじゃあ、私を封印から解き放ったのも?」
「君を閉じ込めた鍵は僕しか持っていない。僕は君を見守り続ける役目を彼女から仰せつかっていたからね。あの学園の教師という肩書はその為でもある」
「……どうして私を殺さなかったの。私は世界を滅ぼそうとしたのよ」
「歴史上では既に死んでいる。世に広く知れ渡った、偽りの歴史ではね。だが真実はそうではなかった。紅き聖女ジゼリカティスは私欲の為に力を求めたわけではない、そうするだけの理由があった。そしてそれはまだ終わっていないし、何も解決してはいない。君には義務がある。君は、君が引き起こした全てに終止符を打ち、望んだ役目を完遂しなければならない」
「役目……?」
「世界を壊せ。もう一度、君の手で」
アスキスの言葉に、リッカは耳を疑った。
「……馬鹿言わないでよ、私は失敗したのよ」
「無論、君ひとりで世界を壊すことが不可能なのは承知の上。だが、二人の聖女ならばそれが出来る。君も本当は、わかっていたのだろう?」
「……だとしても、リアはもう」
リッカは、部屋を取り囲んでいる装置の数々に目をやった。彼女には解っていた。それがこの世界を維持、管理する為の演算制御器〝聖女の心臓〟の性能を極限にまで高める演算加速器であることを。
それは本来、対を成す二人の聖女で行うはずの世界の制御を、眠る少女リアただひとりで行う為の手段であった。
「今の彼女は、自分がかつてリアという名のひとりの少女であったという記憶と意識、心の全てを捨て、世界を制御する機構〝蒼き聖女ウェンデレリア〟としてのみ機能している。そうしなければ一人で二人分の制御負荷には到底耐えられなかったのだ。
そして極限状態にまで性能を高められた〝聖女の心臓〟は、彼女に凄まじい精神汚染を強いている。もし、今の状態で彼女が目覚めてしまえば、リアもまた魔女と化してしまうだろう。この硝子の揺り篭は、そうならないように彼女を覚めない眠りにつかせている。この百年、そうやって彼女は計り知れない苦痛と望まない怒りに耐えながら、ただ世界の為にその身を捧げてきた」
「なら、私がもう一度〝デザンティスの心臓〟の機能を復活させれば、リアは……」
「いいや。こうなってしまったリアはもう元には戻らない。彼女は世界を今の今まで生き長らえさせる為に、その命の殆どを使い果たしてしまっている。今の彼女がこうして人の形で居られるのは、その身体に抱く〝エクザギリアの心臓〟が齎す聖典術のお陰だ。だがそれも終わりが近づいている。むしろよく百年も持ったと驚いているくらいだ。だから世界を壊す為には、リアから〝蒼き聖女〟の役目を引き継ぐ、新たな聖女が必要となる」
「クローディア……」
「その通り。あの子こそ、この世界を救う希望にして、聖女の世を終わらせる最後の聖女だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます