ACT20 旅の始まり
「……ヴェル」
――別れよう。
「久しぶりだな、ディア」
「私をディアと呼ばないで。虫唾が走るわ」
「……悪かった、クローディア」
「聖女の騎士様であらせられるエスカウィル様が、一体こんな小娘に何の用かしら?」
「命令で来たんだ。アスキス様が君を呼んでいる。俺と一緒にランセオンへ行こう」
「首都へ? なんでまた」
「既に学園長とは話をつけてある。君は正式にこの学園を退学し、聖典騎士団へと籍を移すことになる。以降は騎士団指南役補佐として、アスキス様と共に聖女ウェンデレリア様に御仕えする身となるんだ」
「い、今なんて?」
「だから、騎士団指南役補佐に――」
「違うそこじゃない。退学ですって!?」
「ああ、退学だ。正式な届出ならアスキス様から預かっている。そして先程、学園長に提出し、受理された。君はもうこの学園の生徒ではない」
「冗談……よね?」
ヴェルナクス――ヴェルの言葉を聞いて立っていられなくなったクローディアは、ふらふらとソファに歩いて、そして膝から崩れ落ちるように座った。その拍子に手を踏んづけられたリッカが「ふぎゃっ」と言ったが、耳には入っていなかった。
「いいや、冗談なんかじゃないよ。これは、騎士を志す君の夢を汲み取ったアスキス様の配慮だ。良かったなクローディア、夢が叶うんだぞ」
「けれど今の私は、そう簡単に自分勝手に動ける立場ではないわ。アスキス先生から託されたことはまだ終わっていない。私には下級生に教えなければならないことが沢山あるの。それを放棄して自分の夢を優先するって、どうなのかしら」
「それを心配する必要は無い。君が代理となっていたアスキス様の授業は、ラッケンガム先生が後任となる。そもそも、ただの生徒に過ぎない君が授業を受け持つなんてことの方がおかしかったんだ。それから、君自身の学習についてはアスキス様が直々に見てくださる。学園などでは決して学べない、最も進んだ学術だ。君とっては、これ以上無い絶好の機会だと思うんだが?」
「……絶好の機会」
正論だった。
これがアスキスの用意してくれた願ってもみない機会であることは、クローディアも理解している。聖女の騎士になる事は出来なくても、相応の存在にはなることが出来る。
「何を躊躇っているの、おねえちゃん」
「躊躇なんてしていないわ。ただ、気持ちに整理をつけたいだけ」
「あー、すまないんだが」
ヴェルはばつの悪そうな顔で言う。
「実は、あまり時間が無くてな。本当なら俺としても、ゆっくり考えて、しっかり準備してから行こうと言いたいところなのだが、次のランセオン行きの列車はあと一時間でスレイツェン駅を発ってしまうんだ……この通り」
申し訳無さそうに頬をかきつつ、ヴェルは白外套の懐から三枚の切符を取り出して見せた。クローディアは瞬く間にヴェルの手からそれをぶんどり、確認する。
十四時発のランセオン行きの切符。
次に壁の時計を見る。
もう直ぐ十三時。
「もう少し余裕があったんだが、俺が――」
「流石はアスキス先生だね!」
ヴェルの言葉を掻き消してリッカが言う。
「きっと〝悩んでいる暇があったらとっとと来い!〟ってことだよ、おねえちゃん!」
言葉を聞き、それから少しだけ悩んでから、クローディアは頷く。
「本当、良く分かっているわねアスキス先生は。何処かの誰かさんと違って」
「妙に棘のある言い方なのが気になるが、納得してもらえただろうか?」
俯くクローディアの顔を、ヴェルは恐る恐る覗きこむ。
「……そうするしかないってことよね。そうよね。これが私の夢だもの。でも、よりによってその案内役がヴェルってところに心底腹が立つのだけれど!」
切符をヴェルに叩き付けると、そう吐き捨ててクローディアは研究室の奥へと走っていった。
心配になってそれを追おうとするヴェルをリッカが止める。
「ついたみたいだね、決心」
「だと良いのだが……」
「ところでヴェル、おねえちゃんのことをまだ考えていたりするの?」
「と、言うと?」
「縒りを戻したいとか」
「それは……別に、考えてはいない」
言うヴェルの手を、リッカが強引に掴む。
「〝あんな終わり方をしたくなかった〟か……やっぱり考えてるじゃない」
胸の内を見透かされたヴェルはひどく動揺する。
「で、でたらめを言うもんじゃないぞリッカ!」
「ボクには嘘を吐かない方がいいよ。すーぐわかっちゃうからね?」
リッカは無邪気な笑顔を浮かべ、ヴェルをからかった。
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