ACT21 荒涼なる大地
西の大陸〝デザンティス〟
空の蒼と、大地の黒。そこは、その二色だけが取り残された世界だった。
擂鉢上に抉られた無数の傷が大地に起伏を作り、絶えず吹き付ける砂交じりの風がその傷を舐めている。風は黒い砂を巻き上げて蒼穹を霞ませ、大地そのものを覆い隠すように流れていた。此処に草木が再び根付くことは無く、虫の一匹たりとも棲むことは出来ない。
その荒涼とした大地には、かつて数百万もの人々が命を育んでいた大都市があった。だが今は栄華の象徴とされてきた数多くの建造物も、調度品も、人々の生活も、そして人々そのものも、全て平等に物言わぬ黒い砂へと成り果てている。
命を記憶の彼方に追い遣った死の世界に、もう一度その存在を刻み付けるようにして銀髪の青年、リューシンガ・クロリヴァーンは砂嵐の中をひとり歩いていく。
立ち止まり、リューシンガは腰に携えていた赤鞘から聖典刀を引き抜いた。
砂塵に塗れて尚、冷たい輝きを失わずにいる銀色の刃を漆黒の大地へと突き立て、それを墓標のように見立てると、握った拳を自らの胸に当てて目を瞑り、祈りを捧げた。
「……犠牲を払うも未だ進み続ける時と共に歩む者達の為に、数多の魂眠るこの静謐の大地を再び砲火に穢すことの咎を御赦し頂きたい。咎人の名はリューシンガ・クロリヴァーン。我は、真なる聖女に仕えし者――」
リューシンガは、青灰色の瞳をかっと大きく見開いた。
聖典刀を地面から抜き取り、今度は天へと高く掲げる。
すると、空が轟いた。呼応するかのように。
直後、砂塵に覆われていた空の彼方から、一筋の光が放たれた。
その光は柱となって吹き荒ぶ嵐を灼きながら真っ直ぐに地面へと突き刺さる。その衝撃波に風は逆に流れ、光を誘うように蒼穹が円形に刳り貫かれる。
その凄まじい爆音は、悲鳴にさえ聞こえた。
(これは紅き魔女ジゼリカティスの為に不条理に失われた、命の叫びだ)
リューシンガはその身体の奥底にまで響く音を、耳を塞ぐことなく全て受け入れた。瞳はただ、砲火の先を見届けている。
光の柱に抉り取られた大地には、やがて融解した砂の作り出す硝子の擂鉢が出来上がっていた。訪れた空の蒼色を映し出す鏡となった硝子の擂鉢は、さながら透き通った水のたゆたう、乾いた大地にただひとつ浮かぶ美しい泉のようだった。
その擂鉢の底へと、リューシンガは一歩ずつ足を進めた。
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