ACT10 古城の幽霊
「何か言った?」
クローディアは二人に訊く。
「何も言ってないよ?」
「どうかしたの、ディア先生」
「気のせいか」
――おねえちゃん。
まただ。また声が聞こえた。
彼等ではない。その声の主は、幼い少女だ。
だがしかし、クローディアには何処からそれが聞こえてくるのかが特定できない。
まるで、耳元で囁かれているようにか細く、そしてそれは鮮明だった。
「二人とも、他に誰かここに居た?」
「ううん。見てない、僕等だけだったと思う」
――おねえちゃん。
「どうやら、他にも誰か居るようね……出てきなさい!」
――おねえちゃん。
「もう……お姉ちゃんは此処に居るから、早く出てきなさいな」
「ディア先生?」
「何、どうしたのパトリス?」
「さっきから、誰に話しかけているの?」
「誰って……聞こえない? 女の子の声で、おねえちゃん、おねえちゃんって」
パトリスとクライヴは同時に首を振る。
「聞こえないけど」
「ディア先生、脅かすのはやめてよぉ……」
「そんな筈は無いわ――ねぇ、居るんでしょう!? そこに居るのよね!?」
返答は、無かった。
「や、やっぱり幽霊が居るんだよ……僕達が入って来たから、怒っているんだ」
「うう、早く帰ろうよぉ……」
「それなら心配要らないわ。今に残る古城の幽霊騒ぎの犯人は私だから」
「……そ、そうなの?」
「その話は追々。ところで二人とも、ちゃんと戻れる?」
「うん。でもディア先生は?」
「幽霊は退治しておかないと、ぐっすり眠れないでしょう?」
クローディアは、オイルランプをパトリスに託す。
「わかった。でもディア先生こそ勉強会に遅れないでよ?」
「大丈夫よ。ほら行きなさい」
オイルランプの光が見えなくなるまで、クローディアは二人の姿を見送った。
暗闇へと振り返りつつ、クローディアはスカートのポケットを探る。そしてオイルランプを着火させる為に所持していた円筒形のオイルライターを取り出すと、点火して明かりにした。
(……古城の内部に入り込める場所は一箇所だけ。施錠されている通用口だ。けれどその扉はボロで鍵の意味が無い。だから子供の体格なら容易に通り抜けられるだけの隙間がある。あの二人はそこから入ったのだろう。私が確認したときはちゃんと鍵が掛かっていたし、手を加えた様子も無かった。となれば、他に誰かが居たとしても、彼等と同じ初等部の生徒である可能性が高い――)
目を凝らし、周囲を注視しつつクローディアは考える。
しかし、その一方で不可解な事もあった。いくら明かりを持っていなかったとはいえパトリスとクライヴの二人共がその存在に全く気付かず、クローディアの耳に届いてきた少女の声でようやくそれに気付いた事だ。更に、恐らくその少女の声は二人には聞こえていない。
(これじゃあ、本当に幽霊を信じたくなっちゃうじゃない)
「かくれんぼのつもり? そろそろ出てきてくれないと、怒るわよ?」
――おねえちゃん。
声はひたすらに呼び掛け続けている。その声に覇気は無く、弱々しかった。
――おねえちゃん。
辺りをくまなく探索しつつ、大広間を進む。
――おねえちゃん。
(……この声)
クローディアは、聞こえてくる声の違和感に気付いた。
自分自身やパトリス、クライヴの発した声とは根本的に異なる。その少女と思しき声は、この場所が石壁にぐるりと囲まれた巨大な円筒形の空間であるにもかかわらず、一切反響していないのだ。
――おねえちゃん。
それに気付いた瞬間、クローディアの背筋が凍った。
心を蝕んでくる恐怖心に打ち勝とうと、クローディアは怪我をしていない左手で自分の頬を思い切りひっぱたいた。
――おねえちゃん。
声に慄きつつも、クローディアは冷静に耳を澄ます。
移動している。
最初はずっと遠く。
ずっと後方。
次には少し近づく。
やはり後方。
それからゆっくりと近づいてきて、おもむろに、そいつはいつも、後方から――
――おねえちゃん。
「そこか!!」
振り返り、そちらにオイルライターの光を突き出した。
誰も居ない。だが声は確かに背後からだった。
確認しようと一歩踏み出した、その瞬間――
「ふぎゃっ」
クローディアは、そう発した何かを踏んづけた。
恐る恐る、それを確かめるべく足元に光をやる。
ぷるぷると震える、黒い布があった。
得体の知れないそれに、軽く指先で触れてみる。
ほんのりと温かく、柔らかかった。濡れていて、ほかほかと湯気が出ている。
それはクローディアが触れる度に、ぴくぴくっと反応した。
よくよく眺めてみると、濡れた黒い布だと思っていたそれは恐ろしく長い髪の毛だった。
おもむろに掻き分けてみる。
そこでクローディアは、ようやくその正体を突き止めた。
それは、一糸纏わぬ姿で蹲る、幼い少女であった。
「お、女の子!? っていうかなんで裸なの!?」
少女は、その小さな口で何かをしきりに呟いていた。
這いずり回る鼠の鳴き声が大音声に聞こえるくらいのか細い声で、少女はその言葉を何度も発する。
少女の口元に耳を近づけ、やっとのことでクローディアが聞き取れたその言葉、それは、
「……おなかすいた」
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