ACT11 少女達の邂逅

 学園都市スレイツェン教職員棟。アスキス研究室。

 なんとか誰にも見つかることなく少女を連れ出すことに成功したクローディアは、半ば自室と化しているアスキスの研究室にひとまず逃げ込んでいた。

 学園の殆どの教師もまた、生徒と同じくこの学園の中で暮らしている。その為、教員の研究室は住居も兼ねており、個人用のキッチンやバスルーム、トイレを完備する他、研究生が泊り込みで研究出来るようにゲストルームも用意されている。

 クローディアは普段、そのゲストルームの一室を自分の部屋として暮らしていた。勿論クローディアには女子学生寮が用意されているが、充実した設備を自由に使えるとあって、こちらの方が便利だった。


(こんな小さな身体の何処に、それだけの物体が入るのだろう……?)

 クローディアは、少女の一切手を止めない凄まじい食いっぷりに感心を通り越し、恐怖すら感じ始めていた。

 リビングの大きな机の上には、つい先程まで山脈を造らんばかりの大量の菓子が積み重ねられていた。それらは本来なら夕方の勉強会で下級生達とわいわい楽しみながらつまもうと計画していたものだったが、それがほんの数分で切り崩されて更地と化し、今はソファの上で満足そうに踏ん反り返っているこの見知らぬ少女の胃袋の中に収まっている。

 少女は、既にクローディアが普段食す五日分にも相当する量を食い尽くしていた。それでも食い足りないのか、ソファから机の上に手を伸ばしてクッキーを取り、もしゃもしゃと頬を膨らませながら小動物のように食べていく。

「……まだ、食べる気?」

 クローディアは、少女に対して呆れ顔で言う。

「んー、じゃあもういいかな。腹八分目って言うしね」

 しれっと少女は言う。

「これだけ食べて何を言うかっ!」

「いやー、喰った喰った。ごっそさーん」

 言って少女はどっこいせとソファから立ち上がり、

「んじゃ、ボクはこれで」

 そそくさと立ち去ろうとした。

 すかさずクローディアは腕を掴み、それを阻止する。

「逃すもんですか! 人がなけなしの小遣いを使って溜め込んだお菓子を食べるだけ食べて、風呂にまで入れて、おまけに私のお下がりの制服まで貸して。それで何も無しにサヨウナラというわけにはいかないわよ?」

「えー。じゃあボクは何をすればいいわけ?」

 ぼりぼりと頭を引っ掻きながら、少女は面倒臭そうにクローディアへ返す。

 何も持たず着ずであったその少女は、クローディアが初等部学生だった頃に着ていたお古の黄色いセーラー服とスカートに身を包み、ようやくまともに人前に出られる姿となっていた。身の丈の倍はあった黒髪もクローディアによって綺麗に纏められて、頭頂部の左右で二つの団子になっているが、それでもまだ長い髪は少女の腰まで兎の耳のように垂れ下がっている。

 その少女は、肌こそ不健康そうな青白い色をしているものの、死ぬほど飢えていたわけではないようで、華奢ながら病的に痩せ細っているわけではなかった。素肌には傷跡も無く、むしろ艶やかなくらいだ。体格から察するに初等部の生徒で間違い無さそうではある。だがそれを含めてクローディアには彼女に訊かねばならない質問が山ほどあった。

「まずは、私の質問に答えなさい。名前、年齢、クラス、どうして古城に居たのか、それからどうして何も着ていなかったのか……虐められていたわけでは無さそうだけど」

「名前は、リッカ。年齢は、ボクを可憐な乙女と呼ぶのに相応しいくらい。クラスってのは、よくわからない。あの城に居た理由も、よくわからない。服を着ていなかったのも、よくわからない。あはは、ボクってば、よくわからないことだらけだね!」

「……ええと、とりあえず名前はリッカというのね?」

 少女――リッカの返答に困惑しながらクローディアは言う。

「その名前がボクという存在の全てを表しているのかと尋ねられたら、そうではないとボクは答えるけれど、一応ボクという存在を呼ぶときにはそれが一番便利で簡単で妥当だとは思うからそれでいいよ。でも、因みにと言わせて貰えばボクを呼ぶのには二番目に多い名前だね」

(やけに人を苛立たせる物言いね……)

 クローディアは思う。しかしこの手の大人をからかうような口ぶりは、この年頃のませた少年少女にはよくあることなので、初等部生徒を扱うクローディアにとっては慣れたものだった。

「二番目。じゃあ一番目は?」

 ここで青筋を立てればそれこそドツボに嵌るということを、クローディアはよく知っている――

「オトメのヒ~ミツっ♪」

 ――はずだった。

(こいつ……)

 クローディアは心の中で次第に増大していく邪悪な感情を必死に押しとどめる。

「……あ、あのね」

 わなわなと拳を震わせてクローディアが言う。

 「私としては、立ち入り禁止区域であるスレイツェン城の中で、素っ裸で倒れていた貴女を放って置く訳にはいかないの。ちゃんと理由を聞いて、それから然るべきところに貴女を引き渡す。学園の先生か、または聖典騎士団か。だからお願い、真面目に答えてくれないかしら?」

 言うクローディアを尻目に、リッカは包帯の巻かれていた彼女の右手に注目していた。

「右手、怪我をしているね」

「そうね。でも今は関係無いでしょう?」

「治してあげるよ」

「……え?」

 クローディアの右手に、リッカは自身の右手を重ねた。そして――

『――我は与えるエヴイグ・イ癒せし煌めきエルク・ラ・プセルク〟』

 そうリッカが発した瞬間、言葉と共にリッカの右手から眩い光が現れた。

「はい、終わり」

 不審に思いながらも、クローディアはゆっくりと包帯を外していった。

 その間にも違いははっきりとわかった。ずきずきとした痛みが心臓の鼓動に合わせて脈打っていたはずなのに、それが急に感じられなくなったのだ。

 そして目でもその変化を確認する。

 痣は綺麗に無くなっていた。

 クローディアは愕然とした。怪我の治癒にではなく、その力そのものに。

「……これってまさか、聖典術!?」

「まあね」

「どうして……どうして貴女が聖典術を使えるの!?」

「オトメのヒ~ミツっ♪」

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