ACT09 古城に佇む
丘の上。
学園都市スレイツェンの北端に、その古城はひっそりと佇んでいる。
人の手が入らなくなって久しい古城の周辺には木々や雑草が鬱蒼と生い茂り、自然のあるがまま好き放題に伸びている。
敷かれた石畳の道の劣化した罅からもその緑色は広がっていて、手入れの行き届いている学園の中にありながら、そこは遭難者か或いは幽霊の類でもありそうな様相を呈していた。
この古城〝スレイツェン城〟は、学園都市の建造物と同じく城砦の要としての役目を担って造られている為、外観に装飾の類は一切無く、堅牢かつ無骨な石造りをしているその姿はさながら巨大な岩石を削り出して建てられたかのようである。
俯瞰するとその形は正確無比な六角形をしており、それぞれの頂点には見張り櫓を構える尖塔が聳えている。城の中央には最も高い塔があり、その頂には蒼き聖女ウェンデレリアが聖女戦争で陣頭指揮を執っていた玉座の間があるとされている。
また蒼き聖女が、従えていた聖典騎士団の騎士達に聖典術を授け、初代騎士団長グラウシュード・アクナロイドが聖典騎士団の結成宣言を行ったのもまた、この玉座の間での出来事であった。
やがて聖女戦争が終結すると、聖典騎士団は蒼き聖女ウェンデレリアの首都凱旋に時を同じくしてこの地を去り、城は空き家となった。
その後、戦火に晒され一度は壊滅的な打撃を被ったスレイツェンを学園都市として再び復興させる際、蒼き聖女ウェンデレリアはこの城を戦没者慰霊碑として遺すことを命じ、以降はただそこに悠然と佇む存在となったのだった。
聖典騎士団――エクザギリア政府――と学園運営部は、古城の周辺を数年前から経年劣化を理由に立ち入り禁止区域に定めている。
だがそんな大人の都合など露知らずの初等部生徒達の間では、度胸試しとしてこの古城の内部へと侵入することが恒例の遊びとなっていた。
それがいつから始まった〝学園の伝統〟であるのかはクローディアの知るところではなかったが、少なからずクローディアもまた初等部時代に上級生から自慢話を聞かされて度胸試しを行った代であった。
クローディアはひとり、携行用のオイルランプを片手に古城の奥へと続く階段を昇っていく。
――別れよう。
不意に、そんな言葉がクローディアの脳裏を駆け巡った。
――もう一緒には居られないんだ。
いつか、この場所で聞いた声と言葉だった。
――君は悪くない。
どうして? と、記憶の中のクローディアは尋ねる。
――すまない。
帰ってくる言葉は、いつも同じだった。
――すまない。
声を纏う影が暗闇の中に消えていく。
同時にクローディアの心からも消えていった。
「……何よ、私、何でこんなことを」
(せっかく忘れていたのに、セシル先生が変なことを思い出させるから……)
悪態を吐きつつ、クローディアは更に奥を目指す。
古城は紅き魔女ジセリカティスの聖典術による攻撃を想定して設計されていた為、陽光を取り込める窓が殆ど無く、光源を持ち歩かなければ目を開いているのか、閉じているのかすらも曖昧になるほど暗かった。
しかし、そうなれば不慣れな人間が一定の時間で進める時間などたかが知れている。そうしてクローディアが考え、探しながら辿り着いたその場所は古城の中央部。遥か上層まで吹き抜けになった大広間だった。
「さあ出てきなさい、パトリス! クライヴ!」
叫んだ。
ややあって、オイルランプの光の中に、二人の小さな人影が映り込む。
「うわっ!? ゆ、幽霊!?」
「誰が幽霊よ」
「……あれ、ディア先生?」
「本当だ、ディア先生だ」
影から二人の少年――パトリスとクライヴがとぼとぼと出てきた。
「全く。此処は危ないから入っちゃ駄目って何度も言われているでしょう?」
「お願いディア先生、今回だけは見逃してよ!」
「そうそう。俺達、次見つかったら反省文二十枚って言われてるんだよぉ」
哀願する二人に、クローディアは溜息を吐き、
「……仕方無いわね。その代わり、勉強会には必ず来ること。いいわね?」
「勿論だよ!」
「流石ディア先生!」
と、
――おねえちゃん。
声が、聞こえたような気がした。
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