ACT06 拳の痛み
右の拳に違和感を覚えたクローディアは、一応と思い高等部校舎の医務室を訪れていた。案の定、十九発も本気で殴ったクローディアの拳には軽い痣が出来ていた。
「ま、きっと来るんだろうなあとは思っていたわ」
養護教諭のセシルが、クローディアの右手に包帯を巻きつつ言った。
「……見ていたんですか、セシル先生」
「ええ。そこからバッチリと」
言ってセシルは医務室の窓を指差す。
「綺麗な長い金髪と真っ赤なリボンをふわふわと揺らしながら、背丈の大きな男の子達、それも騎士選抜候補生という学園でも選りすぐりの生徒達をバッタバッタと薙ぎ倒していく可愛らしい女の子の姿をね。あれはあれで、なかなか見ものだったわね」
言われ、クローディアは顔を赤らめる。
「あ、あれはあくまで、そう頼まれたからであって……」
「その割には随分と本気だったように見えたけど?」
「それは、あいつらが不甲斐無いからです。これから入団試験だってのに、気合が全然足りてなくて、なんかヘラヘラしちゃって、浮かれちゃって。あんな奴等、試験に落ちてしまえばいいんですよ」
苛立つクローディアを横目に、セシルは手際良く彼女の手に処置を施していく。
「まあまあそう言わず、応援してあげなさいな。あの子達ったら、ディアちゃんがこの時間にそこを通りかかるのを知っていて、待っていたのよ?」
「馬鹿男子共が? ……なんでまた」
「気にしていたのよ、ディアちゃんのこと」
「別に、私があいつらに何かした覚えはありませんけど」
「ええと、あれはあなたが高等部の二年生になったばかりの頃だから、四年くらい前のことだったわね。あなたがヴェルナクス君をコテンパンにしちゃったっていうあの事件、ディアちゃんは覚えてる?」
セシルの言葉に、クローディアは心の奥底に仕舞い込んでいた過去の一端を思い出す――
四年前――クローディアが十四歳の時のことであった。
女の自分が聖女の騎士になることを認めさせる為には、まず剣術に優れていることを証明しなければならない。そう考えたクローディアは、学園の剣術部への入部を申し込んだ。
しかし女性が剣術をやるのは前代未聞のことで、故に主将は許可しなかった。だが「どうしても」と懇願するクローディアの熱意に負けた主将は「ならば剣術部で最も強い部員を倒せたら入部を許可する」という無茶な条件を提示した。
快諾したクローディアと試合をすることになったのは、学園都市スレイツェンの剣術部どころか、エクザギリア全ての学園都市で最も優れた剣術の腕を持つ、学園都市対抗試合の優勝者、ヴェルナクスという生徒であった。
我流で、体格でも大きく差をつけられた、しかも素人の少女であるクローディアが、剣術の若き天才と目されたヴェルナクスに勝つことなど万に一つも有り得ない。誰しもがそう思っていた。
だが、結果はクローディアの勝利。
それも、圧勝であった。
年下の、しかも少女を相手にするとあってヴェルナクスもきっと手を抜いているに違いない、と一度目は偶然かと思われた。だが二度目も同じ結果だった。三度目はヴェルナクスから申し出た。
だが結果は同じ。クローディアの完全勝利。
ヴェルナクスを出し抜いたクローディアに、剣術部の主将は掌を返すように入部を勧めた。だが結局クローディアは剣術部には入らなかった。その理由は「自分よりも弱い奴しか居ない場所に興味は無いから」というものだった。そして、その事件以降クローディアを〝姉御〟と呼ぶ輩が続出した。後輩や同級生のみならず、先輩からもである。
一方でヴェルナクスはと言えば、学園を卒業するまでの間に数多くの剣術大会に出場し、かつて同様に剣術の天才と謳われたリューシンガ・クロリヴァーン以来の怒涛の連勝記録を打ち出していった。取材をしていた新聞各社もその華々しい戦績に〝無敗の若き騎士〟等と見出しを付けてヴェルナクスを賞賛した。ヴェルナクスは、クローディアを除けば一敗もしなかった。
「……よく覚えていますね。私はとっくに忘れましたけど」
白を切るクローディアにセシルは突っかかる。
「嘘を仰いな。顔が覚えているって言っているわよ。だいたい、ディアちゃんってば、あの後すぐにヴェルナクス君と――」
「そ、それはもう終わった事です!」
「ふうん。まあいいけど。でも、それはそうとあの頃からよね、ディアちゃんが〝聖女の騎士になるんだ〟って言い出したのは」
「言い始めたのはそうかもしれませんけど、私自身はもっとずっと前から騎士になる事を志していました。そしてそれは今も、これからも変わりません。絶対に」
「でしょうね。だからなのよ。数段上の実力があるディアちゃんを差し置いて、自分達だけが聖典騎士団の入団試験を受ける権利を得ていることを申し訳無く思っているのよ」
「それで〝殴ってくれ〟っていう結論に至る理由がよく解らないんですけど」
「あら。そういうものよ、オトコノコって」
「そういうものなんですか?」
「ええ、そうよ」
「バカですね」
「あの年頃の男の子の一番可愛いところじゃないの――よし、できたわ」
クローディアは治療の施された掌の感触を確かめる。
ずきずきと鈍い痛みが響いている。
(我ながら、馬鹿な真似をしたものだ)
と、クローディアは右手に自虐の嘲笑を向けた。
「少し大袈裟かもしれないけれど、早く治す為と思って我慢なさい。見たところ骨は大丈夫そうだし、一週間もすれば痣も消えて元通りになると思うわ。ディアちゃんはなんだかんだ言っても女の子なんだから、手は大切にしなさい」
「……はい、すみません。セシル先生」
(女の子、ね……)
ふと、こんこん、と医務室の扉を誰かがノックした。
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