ACT05 篩の名は

「ディアの姉御!」

 教職員棟の研究室へ向かう途中、高等部校舎に差し掛かったところでクローディアはそんな声に呼び止められた。

 無視して通り抜けようとしたクローディアではあったが、あれよあれよという内に取り囲まれてしまい、結局そこで立ち止まることを余儀無くされた。

「……あら誰かと思えばキランドル君。それに高等部六年生の男子生徒御一行様じゃない。こんなところで会うなんて奇遇ね。本当に奇遇。奇遇にも程があるわよね」

 刺々しく、しかし表情はあくまで笑顔を崩さないクローディア。


 声を掛けてきた筋骨隆々な大柄の少年――キランドル・メラノーグの削り出した岩石のような顔の向こう側には、同様にクローディアに会おうと駆け寄ってくる同級生たちの姿があった。

 彼等は各々、これから旅行に出かけるのかという程の大荷物を抱えている。更に、その周囲には彼等を送り出す教師や生徒達が集まっている。

 きゃあきゃあと耳障りな声を上げる女子生徒達に、クローディアは舌打ちした。

(そうか……今日だったか)

 クローディアは気付く。

 それは夏季休業前のこの時期に見られる恒例の風景だった。

 彼等はこれよりエクザギリア国の首都〝聖女様の御膝元〟ランセオンへと赴き、過酷な試験の日々を送ることとなる。幾度と無く目の粗い篩にかけられ、一握りの優秀な人材を選び出すまでその試験は続けられる。


 そうして勝ち抜いた者にのみ、その栄誉は与えられる――〝聖女の騎士〟

 そしてその篩の名は、聖典騎士団入団試験。


 光景を眺め、自分が女であるというただそれだけの理由で彼等と共に歩めないという現実がクローディアの心を抉った。自分には剣術も、学問も、誰にも負けない自信と成績がある。この場に居る誰よりも強く、誰よりも優れている。だが女だ。それだけはどうにもできない。その悔しさに、クローディアは唇を噛む。

「ここんところ演武場に姿を見せないから心配してたんだぜ?」

「色々忙しくてそれどころじゃないのよ。アスキス先生の手伝いとかね」

「そうだったのか。大変だな、姉御も……」

 しょぼくれるキランドルは首を振って向き直り、再びクローディアを真っ直ぐ見た。

「でも俺、頑張るよ。姉御に鍛えて貰ったんだ。やっとその恩返しができる。俺、立派な聖女の騎士になって見せるぜ!」

「別に鍛えてやったつもりはないわ。貴方達が弱いだけでしょ」

 しれっと言い放つクローディア。

「う……」

「というわけで、それじゃ」

「あ、姉御! ちょっと待ってくれ!」

「何よ。っていうかいい加減その〝姉御〟って呼び方やめてくれない?」

「そう言われてもなあ。俺達はずっと姉御のことを姉御って呼んできたしなあ」

「用があるなら早く言いなさいよ」

「俺を一発ブン殴ってくれ!」

「…………は?」

「だから、俺を一発――」

 ひゅん、と風を切る音がキランドルの耳に届く。 

 かと思えば、気付いた時には身体が石畳の地面に吹っ飛ばされていた。

 鍛え上げられた屈強な騎士選抜候補生であるキランドルを恐るべき速さで倒した小柄なクローディアの姿に、周囲が騒然とする。

「……は、速ええ」

 それを見ていた他の騎士選抜候補生が思わず唸る。

「……足りない。そんな体たらくで聖女の騎士になろうって? 甘すぎるわ」

「へへ……効いたぜ、姉御の鉄拳。やっぱ凄えよ」

 よろめきながらキランドルが言う。

 クローディアは、周囲で戦々恐々としている騎士選抜候補生達を流すように睨め付けた。

「さてと、次は誰?」

 結局クローディアは、その場に居た騎士選抜候補生の全員、総勢十九名に気合を入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る