ACT04 クローディアの夢
(ごめんね、みんな……)
不意にクローディアは自身の着ている制服に目を落とす。
白く縁取りのされた紺色のブレザーと、桃色のチェック柄のプリーツスカートという出で立ち。
初等部の生徒達は誰もが彼女を教師として慕っているが、クローディアは教師ではない。学園都市スレイツェンに在籍する高等部の六年生、つまり彼女もまた生徒であった。それにもかかわらず、こうして教師として授業に駆り出されるのには理由があった。
今、この教壇に本来立っているべきその人物はシュナウル・アスキスという男で、歴史学と聖典術の権威として国中に知られた高名な学者であった。彼はその優秀な頭脳を買われて聖典騎士団に引き抜かれ、学園を離れる機会が多くなっていた。
そこでアスキスは自身の一番弟子であったクローディアに授業を任せ、彼女は師の代わりとして教壇に立つようになったのだった。
しかし、アスキスが学園を離れる頻度は日毎に増していき、今ではクローディアの方が授業を行う機会の方が多かった。だが学園都市スレイツェンには他にも歴史を教える教師が多数在籍している。なので、いずれはアスキスの正式な後任が決まるだろうとクローディアは考えていた。
しかしいつまで経っても学園はアスキスの後任を選出しようとしなかった。それどころか教師達は口を揃えて「クローディアは良い教師となるだろう」とさえ言うようになっていた。
そこまで来て、ようやくクローディアはアスキスを含めた学園の教師達の意図に気付いた。
全ては、クローディアを〝夢〟から遠ざける為のこと。
クローディアの夢――それは、兄と同じ聖典騎士団の〝聖女の騎士〟になること。
物心ついた時からこの学園に居たクローディアは、本当の両親を知らない。
クローディアは幼い頃に天災で故郷を失い、唯一の肉親となった兄のリューシンガと共に聖女の騎士であったアスキスによって救い出されたのだった。
そんなクローディアが自分の命を救った聖女の騎士に憧憬の念を抱くのは当然の事で、更に九つ上の兄リューシンガは、実際に聖女の騎士になって見せた。それどころか若くして聖典騎士団の最上位たる〝
クローディアは、いつか自分も聖女の騎士となって、兄を支えたいと自然に考えるようになっていたのだった。
だが、その夢は決して叶えられない事情があった。
聖典術である。
その蒼き聖女より授かりし聖なる力を人間で扱うことが許されているのは、身体的に男性であり、騎士である者のみと聖典騎士団は法律で定めていた。というのも女性が聖典術を扱うと、自らの発動した力に精神を蝕まれ、命を落としかねなかったのだ。故に聖典術の使い手たる聖女の騎士には、例え武術や教養に秀でていようとも女性がなることは出来なかった。
それでも頑なに夢を諦めようとしないクローディアを見かねた大人達が、その優れた才能を活かす手段として用意した未来こそが、この学園都市スレイツェンで教鞭を振うという、教職なのであった。
「それでは、今日の授業はここまで。ちゃんと復習するのよ!」
授業終了の鐘が学園に響き渡る。教室を去って行く生徒達を見送りながら、クローディアは教卓の上に広げた教材を片付けた。
そうして一通り済ませると、クローディアはひとり、傾き始めた陽光に照らされたがらんどうの教室を眺めて深く溜息を吐いた。それには「今日もやりきった」という達成感も含まれていたが、その大半は自分が置かれている状況に対する不満から出たものだった。
(何やってるんだろう、私)
――俺もいつか絶対、騎士になるんだ!
(私だって。いつか絶対、騎士になってみせる)
自らの教え子、パトリスの放った言葉を心に抱きながら、クローディアは教室を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます