ACT03 スレイツェン

 エクザギリア国。学園都市スレイツェン―― 

 そこは、穏やかな中央海から潮の香りを纏う風が流れてくる大きな港町である。


 町は海に向かって伸びるなだらかな斜面に沿って作られており、戦前、つまり今から百年前まではエクザギリアとデザンティスを結ぶ定期航路があったことから、エクザギリアの玄関口として知られた大きな貿易都市であった。

 だが戦争が始まると、町はデザンティスからやってくる難民の受け容れ口となり、更に来るべき紅き魔女ジゼリカティスとの決戦に備えて急速に要塞化が進められた。

 開かれていた港という港、町という町を防護すべく、その周囲には堅牢な城壁が築かれ、それまで木造建築が大半であった家々も区画整理と共に赤煉瓦造りへと作り変えられた。

 そして斜面の頂上、田畑の広がっていた小高い丘には聖典騎士団の拠点として城砦が建設され、スレイツェンは対魔女戦の前線基地へとその姿を変えたのだった。

 やがて戦争が終結して、再び平穏が訪れると聖典騎士団は首都へと引き上げ、要塞化された港湾都市と城砦だけが残った。

 蒼き聖女ウェンデレリアは戦後処理の一貫としてこの城砦を教育施設へと改築し、人々に広く開放した。そうして生まれたのがこの学園都市スレイツェンであった。


 スレイツェンの町は、大きく三つの区画に分けられている。

 海側の〝港湾区〟には細々と小さな漁船が行き来するだけの漁港と、戦時下では補給廠として機能していた、既に大半が使われなくなって取り壊しを待つ廃墟と化した赤煉瓦の倉庫街。そしてエクザギリア国の首都ランセオンまで敷設された〝エクザギリア大陸鉄道〟の西の終端スレイツェン駅がある。

 斜面に沿って作られた〝商業区〟には、統一規格で建築された赤煉瓦の家々が生前と建ち並び、正確な網の目状に広がる石畳の街道沿いには多くの商店が軒を連ねる市場が賑やかな活気を見せている。

 そして丘の上、かつての城砦であった〝学園区〟には、貿易産業の廃れたこの町の新たなる象徴となった学園都市スレイツェンがある。学園の建造物である校舎、図書館、食堂、学生寮、講堂などは、町の建造物の多くがそうであるように赤煉瓦で造られているが、もとが城砦であったこともあり凡そ学び舎と呼ぶにはいささか頑丈過ぎる構造をしている。また敷地をぐるりと囲むように築かれた高く堅牢な城壁は戦争当時のまま戦争遺跡として残されており、丘の頂上には、今は戦没者慰霊碑として残る大きな古城〝スレイツェン城〟が聳え佇んでいる。


「見えるかしら。漁港の東側。今は〝灯台岬〟って呼ばれているけれど、あそこはもともと大きな貨物船が出入りする為の埠頭だったの。だけど聖女戦争以降は降星雨の影響もあって海を渡れる船が無くなってしまったから、あの埠頭はもう使われていない。それに今では漁業以外での船舶の航行と建造は聖典騎士団によって禁止されているから、きっとこれから先も使われることは無いでしょうね」

 クローディアは窓の外から、再び教卓の上に開いていた教科書へと目を戻す。

「この町、スレイツェンから西の大陸の国デザンティスへと渡った聖典騎士団は、紅き魔女と、そして彼女の操る〝魔の軍勢〟と熾烈な戦いを繰り広げた。そして紅き魔女は後に〝英雄〟と称えられる一人の勇敢な騎士によって倒され、やがて聖女戦争は終結した」

「アクナロイド様だね!」

 幼い女子生徒が溌剌と言った。

「流石ねノエル。みんなも、紅の魔女を倒した英雄であり、聖典騎士団の初代騎士団長であるグラウシュード・アクナロイドの名前はしっかりと覚えておくこと。試験に出るわよ」

「はーい、ディア先生!」

「……さて、これでわかったかしら。つまり私達がこうして平穏な世界で暮らしていられるのは、全ては蒼き聖女様と聖典騎士団の騎士様達がその身を挺して戦ってくれたお陰なの。そして蒼き聖女様と聖典騎士団は、今でもこのエクザギリアを護って下さっている」

「悪の魔女が居なくなって本当に良かったぜ。やっぱり聖典騎士団はすげえよ!」

 生徒の一人が言う。

「騎士様かあ。かっこいいよなあ。俺もいつか絶対、騎士になるんだ!」

 また別の生徒が言った。

「そうね。でも騎士様になる為には、来週からの学期末試験を頑張らないとね、パトリス?」

 そうクローディアが言うと、教室のあちこちから溜め息の漏れる音が響いてきた。

 しかし、それを気にすることなくクローディアは淡々と続きを述べる。

「試験範囲は今日の聖女戦争まで。歴史的事件の起こった場所だとか、人物だとか、今までやってきた内容をおさらいすれば難しい事は無いはずだから、頑張ってね」

「もっと簡単にしてくださーい」

「試験はんたいー」

「ディア先生の魔女ー」

「ぶう垂れない! 立派な騎士様になりたいんでしょう?」

「わからないところがあったら、聞きに行ってもいいの?」

「勿論。それに今日はこの後、試験対策の勉強会も開くわ。十七時に中央図書館ね」

「ねえディア先生。来学期も授業はディア先生がやってくれるの?」

 幼い女子生徒――ノエルが尋ねる。

「さあ、どうかしらね。私はあくまで代理だから、もしかしたらアスキス先生が帰ってくるかもしれないし、また私がやる事になるかもしれない。それは私にも解らないわね」

 そうクローディアが答えた途端、

「ずっとディア先生がいいなあ」

「俺も俺もー」

「私もディア先生がいいー」

 そんな声が教室の至るところから発せられた。

 自分を求める生徒達の声に喜びを感じつつも、クローディアは生徒達に申し訳無く思っていた。これではアスキスや他の学園の教師達の思う壺なのだ。挙って大人達はクローディアをこのまま教師に仕立て上げようとしているのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る